大人の二人暮らしなので、それなりに片付いた部屋で生活できています。

 

 

『それなりに片付いた部屋』の定義も人それぞれだと思うのですが、

我が家の”それなり”は、

『足の踏み場もないというわけではない』くらいのものです。

 

 

ダイニングテーブルの面積の1/4は、ノートやら書類やらが置いてあり、

キッチンカウンターの上には鍋や洗った食器がある、

洗濯は定期的にできているものの、クローゼットの半分以上は無くても困らない服たちが占めている。

 

 

きっと”散らかっている”と、”片づけないと落ち着かない”と、思われる人もいるだろうなぁ。

というくらいの『それなりに片付いた部屋』です。

 

 

そんな部屋に住んでいる私ですが、もっと物を減らしてすっきりと、物の少ない部屋で暮らしたいと思っています。

私とは程遠すぎて、恐れ多いので、大きい声では言えませんが、”ミニマリスト”とか、憧れています。

 

 

だけど、物を捨てるのに時間がかかるのです。

”もったいない”という気持ちが物を棄てるのを躊躇させます。

誰かもらってくれたら手放せるのに。。。


 

 

私の子供時代は、戦時中を経験した祖母と過ごす時間が長かったのも大きく影響しているような気がしています。



包装紙一枚、綺麗にたたんでしまっておく人でした。

ほつれた洋服は、繕って大事に着ていました。

食べ物を捨てるのなんてもってのほか!

祖母の家は小さな家でしたが、たくさんの物をぎゅっと詰め込んだようにしまってありました。

 

 

時代は移り変わり、物を捨てないことだけが正義ではない時代になっています。

初めから、物を増やさないこと。

食べ物を捨てるのはもちろん駄目だけど、無理して食べるのも身体によくない。

たくさんの物を持っていても、人が管理できる大事にでき物の量には限界がある。

 

 

うーん。。

こうやって並べてみると、時代が変わっても基本的なことは同じようにも感じます。

 

 

根本的に物が少なく、あるものを大事にしていた祖母の時代と、

豊かで、贅沢に物を持てる今の時代。

自分の身の丈に合うだけの量の物を、大事に生活するべきであることは共通しています。

 

 

我が家には、それに気づくまでの間に持ちすぎた物たちがたくさんあります。

誰かに譲る形で手放したくて、数か月前に始めたメルカリ。



自分の持ち物を改めてじっくりと見て、写真を撮ったり、それを買った経緯を書いたりしていると、

誰かに欲しいと思ってもらえるくらいのものって、意外と少ないなと気付きました。

 

 

2万円近くしたスカート、今はすっかり履いていない。

縫製もしっかりしているし、形もきれい。

でも、膝丈の濃い茶色のスカートって、今欲しい人いるのかな…?

 

5万円で買ったのダウンジャケット、見た目きれいだけど、よく見たらほつれているところある・・・

 

このシャンパングラスはブランドものだけど、送料も値段に含めたら、買いたいような値段をつけれないな・・・

 

 

お金はいらないから引き取ってもらえればという気持ちもあるのですが、

身近な人に

「もらってくれない?」

と、こちらからお伺いを立てるのは、迷惑であることが大半だと気付いています。

本来なら、指定ごみ袋にお金を払い処分すべきものもあるのですから。

 

 

持ちすぎた自分の失敗を、メルカリで消化したかったけど、

これは思い切って処分してもいいのかもしれないと思い始めた最近です。

 

 

パン屋さんで買ったレーズンバターサンド。スコーン生地のは初めて食べました♪もちろん美味しい!!