~私立探偵コジマ&検察官マイコ~
Vol.8-②
統括マネージャー佐々木との待ち合わせの場所は、変更せざるを得なくなった。
京都駅八条口から新幹線に乗り込む直前に、待合室で開いたPCを閉じようとしていた時だった。
京都府警の佐藤警部から、スマホに連絡が入った。
「今、マネージャー佐々木さんに、会いに行くところですね
小嶋さんの事務所で伺いました。
まだ〈のぞみ〉に乗ってませんか」
「まだだ。何かあったんですか
「佐々木は、ここ下京警察署に来ています。僕が事情徴収します。来てください。約束してたと佐々木が言ってます」
「佐々木が何か、やらかしましたか」
「任意出頭を、黒田玲苑に求めています。別件で被害届出てます。本人は、行方不明で佐々木も連絡が取れないそうです」
なんだか、あっけなく完了する気がする。
悪い予感の反対。絡んでいた糸が、何かのきっかけで突然に解れた、気がした。あっけなく。
麻衣子が答えを先に告げた。河隅美咲さんの周りの人間が磁石で吸い寄せられて、無意識にまるでみんなの意志が一致したように、解いた。絡んだ糸を。
その瞬間を今、迎えた。
「黒田玲苑が。本名レオンの方が、三日前、京都市中京区西大路御池付近で、夜11時頃24歳の女性に暴行未遂、もしくは強盗未遂を起こしました。被害者は翌日TV出演をしているのを観て、下京警察署に被害届を出しました。
まだ、詳細はこれからです。
その女性は、河隅美咲さんではないけど、背格好が似てます。いわゆる『遠目の暗闇』なら、見間違いそうな女性です。僕は写真でしか河隅さん自身は拝見してませんが」
「承知しました。まだ八条口側の待合室で新幹線には乗り込んでいません。今から下京警察署に向かいます。何課ですか?」
捜査1課の刑事か、パートの婦人警官に伝えてください」
「わかりました」
慌てずとも、まだマネージャー佐々木の事情徴収中だろうから、昼からでも間に合うのだが、オレは地下鉄烏丸線に乗車して五条駅で降りた。
出口へ上がって烏丸通へ出てすぐ、オレは気づいた。
下京署は、以前の美咲さんの勤め先からすぐ目と鼻の先だ。
パートの警官に案内してもらい、取調室のフロアで、パイプ椅子に腰かけて、待機していた。
マネージャー佐々木は、あくまでレオンの代理で事情徴収を受けている。あいかわらず、本名黒田玲苑とは連絡がつかないそうだ。交代してもらったのか、佐藤警部が近づいて来た。
「お久しぶりです。僕はその件には関わらないつもりでした。
示談でしたが、河隅さんが不服申し立てすれば、そちらも傷害事件で逮捕です。
こちらの別件で、血液体液を鑑識確認すれば、きっと立派な物的証拠になりますよ」
なんて清々しい笑顔で、言うんやこんな血生臭いセリフ
「ありがとう。オレは今日の佐々木の証言を検察の麻衣子に伝えます。所轄は京都府警で間違いないですか」
「はい。送検されれば京都地検ですので、中原麻衣子さんに担当して欲しいですね」
「そりゃそうです。今はまだ仕事上の立場を崩せない接し方ですが、麻衣子の正義感で公明正大にジャッジして欲しい。
何かしら同志や友人のような気持ちで味方に成りたいようではありますけど、ね」
「麻衣子さんもなんですね。ヒカルちゃんもです。
やりがいや志を持って好きな仕事を続ける女性として共感できて、力に成りたいって思ったそうです。
真澄に逢いに行った時、ヒカルちゃんが語ってましたよ」
オレは、話の中身よりも、「たちき」の女将を『真澄』と呼び捨てしたことに、苦笑い。
察しの速い佐藤警部は、また清潔感溢れる笑顔で言う。
「元カレの貴方が観ていた真澄を、もっと知っていたかったです」
「川崎に住んでた頃に、真澄さんと出会ってるんですね」
「はい。まだ本庁にいた頃に、所轄署で出逢ってます」
「オレはその後離婚して、真澄さんとも疎遠になって。
叔父貴と探偵社開くために、京都に戻ったんです」
「意外と古風ですよヒカルちゃんや麻衣子さん達に比べると、仕事とプライベートの両立は、不器用だと悩んでました」
「そうなんですね。。。ホテルウーマンの真澄さんははつらつとして、恋心が仕事中にワンルームになるような人ではなかったですよ別腹で別の部屋作れるかと、、、」
「どっちがいいのか、、、ねえ」
「ホントです。家でどっぷりくすぶってて欲しくもないし、かといって、あんまり仕事に没頭したり追われるようにカリカリされたりしても、居心地悪いし寂しいし」
「、、、相手によって変わるんでしょうか、、、」
「いや。今の仕事とプライベートの両立に葛藤してるんでしょ
悩んでるって事は、きっと心の中では両立してるんですよ。
上手く廻ってない感があるのは、バランス感覚では」
「あそっか
男にも優しいんですね♪元カレなのに」
「オレには麻衣子が合ってます。
名コンビでなんだかんだ幸せなんじゃないかな」
「それ、言葉で確かめといたほうが良いですよ
麻衣子さんお年頃だし、タイミングを思い込みで逃しちゃ、ダメですよ。僕なんか、本庁勤務の出世ほっぽって真澄追いかけて京都府警にまで来ちゃったんですから」
「マジで」
「マジマジ、マジっす♬そういうバネも時には必要」
「、、、ですね。お互い、為に成りましたね」
また相変わらずの爽やか笑顔で、頷いた佐藤警部。
「その女性の被害者は、美咲さんが勤めてたホテルの後輩の従業員だそうです。直雇用かどうかは確認まだですが。
よく似た人を見つけて跡をつけてた上に、また暴行をしようとしたのかと疑いました。
顔見知りの可能性もありましたが、コンサートに行った事はあるそうです。
勤務終了が遅い時刻なので、11時頃に阪急西院駅で降車して、西大路通りをまっすぐ上がっている最中に発生。
けっこうな街中で暗くはないけど、たまたま人通りが途絶えてたのが不安で、歌を歌いながら歩いていた。歌詞カードか冊子を視ながら。
調書によると、いきなり後ろから羽交い絞めにされたそうです。気が動転したのかもですが、パニックというより、誰かに気づいてもらえるまで、気持ち以上にキャー――キャーーって大声出したそうです。
とっさに自分では腕力には勝てないと判断して、羽交い絞め解くよりも助けを求めました。両腕を離すまで金切り声で叫び続けたそうですが、口を塞ぐとかもっと暴行に及ぶとかではなく、不意にサッと解かれて離れたそうです。
感極まった衝動かもしれません。だけど、その女性にしたら不意打ちの恐怖です。
で、ハッと気づいてモノ盗りか❓とショルダーバッグの中身を探ったけど、財布も何も盗まれていなかった。
それで振り向いたら、カットハウスの柱の陰から、顔だけ出して黒田玲苑が様子伺ってました。ライトアップではっきりと。
アレッおかしいって翌日この署に伝えに来たんです。昼のTV番組で友達つながりの出演してるんですって。何事もなかったみたいに。あんだけ恐怖感じたのに、謝罪も一向に無く。
なんて勘違い野郎だと腹立って、被害届出すに至った。。。
それで本日急きょ、統括マネージャー佐々木が署に。
以上が、大まかなこの任意出頭の別件です」
「、、、なんてことだ。レオンが出頭したら、捜査で見つかっても逮捕で、解決だな。。。」
佐藤警部は、納得してるような、でも自分で腑に落ちるべく落とし込めなくって、わだかまりの残る表情。珍しく笑顔を曇らせている。
「僕、父親の跡継いで本庁キャリアに成るのが嫌で、警察じゃなく本気でプロのシンガー続けようとしてたんです。
JAZZ系のクラブで歌ったりPIANO弾いたり。ヴォーカル・スクールのレッスン持ったりもしてた。
今回の事の顛末でね、身につまされちゃって。。。人気が出ようと出まいと、僕の行く末だったかもしんない。
真澄追っかけて京都府警来て、良かったかもしんない。。。」
「オレも弁護士事務所辞めて、京都戻って私立探偵として麻衣子と出逢って、良かったかもしんない。。。」
「なすがまま、きゅうりがpapa」
オレは深く何度も何度も、頷いた。
ーーー to be continued.