震災のことを書いています
幸い家族は皆無事でしたが辛い方はUターンでおねがいします
東日本大震災から10年が経ちました
自分は留学前の英語学校通学の為、東京にいました。ちょうどリーディングの授業中でした。午前のクラスもあと少し、と思っていたら突然大きな地震。実家が宮城のため、地震には慣れていましたし、それほど規模も大きくない。しかし異様な長さに違和感を覚えました。
ですがこのときはまだ余裕があり、
結構揺れたね~なんて友人と話していました。
当時スマホは持っておらず、ガラケーではすぐには情報は入ってきませんでした。
しかしクラスメイトの誰かが、
「震源宮城だってー!」
この言葉で頭が真っ白になりました。
そしてふと思ったのです。
宮城沖地震だ
地元ではずっと、もうすぐ沖地震が起こる。あれは30年毎に起きる大きな地震だから。
と言われ続けてきました。
そのため実家は、数年前に地震に備えた耐震リフォームを施し、タンス等大きな家具にも倒壊防止の対策をしていました。
大丈夫
家族はきっと大丈夫
そして友人と
歩いて寮まで帰ろうかと話していると
「おい!!!!!津波がやばいぞ!!!!!テレビ!!!!」
クラス全員でロビーに出て、テレビを見て絶句しました。
聞きなれた地名と共に、信じられない津波の映像
幸い実家は沿岸部ではありません
しかし、まだ情報が少なすぎたことと、見たこともない津波の映像。
どこが被害にあっているか検討もつきませんでした
もしかして宮城は全部........
そんな風にも思いました。
それから通信障害により、家族と連絡が取れたのは3日後でした
地獄の3日でした
朝から晩まで津波の映像
地元の地名が出ないでくれと祈り
携帯電話や公衆電話から何度も電話
なんとか繋がった時
母の声を聞いて号泣しました
それから2週間後の復興バスで帰宅
その時には水道もガスも電気も通っており、家も片付いていました
あれはいったいなんだったのか....
全く実感が持てませんでした
あれから10年
地元は幸い被害が少なく、復興にもそれほど時間はたちませんでしたが
やはり震災の日が近づくと心が騒ぐ人が多いと思います。
あの日の出来事は風化してしまうのか
という話もテレビで見掛けます
しかし、あんなに辛い出来事を
思い出すのは嫌です
私は幸い家族も無事でした
しかし高校のクラスメイトが巻き込まれました
よく行っていた場所が流され、
新しい場所になりました
空港にも津波が到達し
周りは綺麗に舗装された道に。
地震への教訓はあるでしょうが、
それ以上の事を思い出したくありません
10年も前のことになってしまったんですね....