↑この続きです。

 

2024年12月×日

 

早朝5時50分。

外は真っ暗。

エレベーターで1階のホールに降りるも当然まだフロントも開いておらず、自動販売機のコーヒーを飲みながらちらちらと外の車寄せを見ていた。

 

チェックアウトは、カードキーをフロントに置いてある箱に入れるだけ。

 

ちゃんとタクシー来てくれるかな…(だってここはスペインあせる)とドキドキしながら待つ。

すると!

時間ほぼぴったりにタクシー到着!!笑い泣き

スペインも変わってきたのかな(失礼爆笑)。

でも本当に一安心した。これで空港までは大丈夫。

 

ちなみに、なんどもこのブログに登場した日本人アミーガKちゃん。

 

 

お互い東京在住ということもあって、あれから東京で何度一緒に飲んだことか。

 

Renfeのコルドバ乗り換えが心配だった時にも、スペインに詳しいKちゃんにラインして聞いた。既にKちゃんは帰国していたけれど。

先日も渋谷で二人で飲んでいて、「あの乗り換え以外でも、心配なことばっかりだったよ。」とKちゃんに話すと、「でもさー、ルシアちゃん最終的に絶対何とかなっているから、何聞いても絶対何とかなるって思うよ。」と言われ妙に納得した。
 

そう…スペインからの帰路もマドリード→アブダビ(6時間35分)、アブダビで2時間40分待ち、アブダビ→成田(9時間25分)という計18時間のフライト飛行機だったけれど、エティハド航空の飛行機は殆ど遅れもなく順調そのもの。

 

行きは、アブダビで乗り換え失敗したらどうしよう?巨大空港でひとり迷ってマドリード行に乗れなかったら?そもそも飛行機が遅れて、成田行きに間に合わなかったら?成田からスーツケース無事に着くんかい?風邪で鼻かみ過ぎで耳聴こえづらいのに飛行機乗って大丈夫なんかい?(今書いていても疲れる笑い泣き)と限りなくいろいろなことを心配したもんだ。

 

耳に関しては、一応医師の指示通り帰国2週間前から薬を飲んではいたが、しょっちゅう忘れたあせる

搭乗前の鼻シュシュ(これも医師の指示)だけは成田に着くまでちゃんとやった。

 

結局、帰路では耳も全く痛くならず、というより私にしては珍しく、帰りの飛行機ほとんど爆睡笑い泣き

こんなに機内で寝られたことない~というぐらいに。

やはり心底緊張が解けてホッとしていたんでしょう。

 

思えば10月に東京を出発して、11月、12月と、ほんとーーーーに元気だった。

学校でも体調を崩している人もいたけれど。

カラッカラやろ!!っていうぐらい乾燥していて、何にでもオリーブオイルどばー爆  笑、あとは海と太陽、(とビール)って生活がカラダとココロの両方によかったんだろうな。ニホンノシッケシンドイヨオ…

 

視力が落ちて、この空港での表示が見づらくて困った。次回スペインに来るときは眼鏡作ろう。

 

さよならスペイン、また逢う日まで赤ちゃん泣き

 

やっぱり窓際が好き

 

アブダビ空港はセレブ感あふれる絢爛豪華な空港、ツリーも見事です

 

 

そしてそしてついに!10週間ぶりに日本に降りたちました。

(急になぜかここから”ですます”調になる笑)

おー、さ、寒い🥶🥶

 

体だけ帰ってきて心がまだベナルマデナにいる気がするのですが…

 

とりあえずはずーっと過剰に心配(遺伝なんですアセアセ)している両親に電話をし、Wifiを返却し、行きの半分以下の重さのスーツケースを持って自宅へ。

 

10週間留守にしていた部屋のドアを開けた時

 

「あれ?こんなだったっけ?」

 

と物凄い違和感がありました。

 

確かに…こんな部屋だったけど…

 

キッチンこんな低かったんだ、フローリングこんな色だったっけ。

電気、意外と明るくないな。

 

確かに前にここにいたのだけれど、という、そのうろ覚えさを例えれば、

「前世で住んでいたみたいな部屋だな」

 

空気がまず全然違う。

まあそれも一晩寝ればすぐ直るんでしょうけれど…。

 

さてさてもちろん。冷蔵庫空っぽです。

帰国後最初の夕飯は、

 

 

 

じゃじゃーん、なぜかチャーハンと餃子でした!!

でも、安い、そして美味すぎる。

 

無事帰国を祝してひとりで乾杯生ビール。はー、最高やん。

 

 

ゼロから出発して、帰ってきて、そして今だって…。

仕事もない。予定もない。

あるのはちょっとの勇気と明日だけだ!

 

そう明日は来る。生きている限り必ず。

 

今夜はとにかく久々の日本でゆっくり寝ようぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅ