田村政喜「法科大学院における刑事実務基礎教育の現状」「植村立郎判事退官記念論文集」編集委員会編『植村立郎判事退官記念論文集―現代刑事法の諸問題 第2巻 第2編 実践編』503頁以下。


植村立郎判事退官記念論文集―現代刑事法の諸問題 第2巻 第2編 実践編/「植村立郎判事退官記念論文集」編集委員会 編
¥12,000
Amazon.co.jp


東京大学で派遣教員であった田村判事による論稿です。


以下、引用。

「ウ 司法修習を効果的にするために法科大学院で学んでおくこと

 司法修習生は,実務修習において,『生きた事件』を素材として具体的な事案に法を適用する経験をする。具体的な事実関係や証拠に即した適切な分析・検討を行うためには,法科大学院で,基本法を中心として論理的・体系的な法的思考力・理解力を身に付けておくことが必要不可欠である。仮に法科大学院で法的な考え方を習得していなければ,実務修習を中心とする新司法修習の過程で効果を上げることは期待できない。また,司法修習生考試(いわゆる2回試験)で不合格とされた者に見られる問題点の中心も,基本法についての理解が不十分であるため,この理解を前提とした事案の分析ができなかった点にある。分野別実務修習から開始する司法修習に円滑に入っていくためには,その前提として『実務の基礎的素養』を身に付けておくことも必要であるが,法科大学院で習得しておくことが期待されているのは,何よりもまず,基本法についての十分な理解である」(同書506-507頁)


「(3)裁判員裁判を担う法曹を養成する視点

 司法修習との連携との視点,法理論教育との連携の視点は民事の実務基礎教育と共通のものである。これに加えて,刑事の実務基礎教育に特有のものとして,裁判員裁判を中核とするこれからの刑事裁判を担う法曹を養成するという視点がある。平成21年5月に裁判員裁判が始まり,公判前整理手続において争点及び証拠を十分に整理して裁判員に分かりやすい審理を実現することが求められるようになった。分野別実務修習及び集合修習の刑裁修習では,裁判員裁判を中核とする新しい刑事裁判に対応できる法曹の養成も目標の一つになっているが,法科大学院での実務基礎教育でもこの点を十分に意識する必要がある」(同書509-510頁)


「ウ 法科大学院における事実認定教育の意義と限界

 学生にとって,実際の事件記録を題材に証拠を分析して事実認定の作業をすることは,法曹の仕事のやりがいや難しさを実感する貴重な体験である。他方で,事実認定の判断は極めて事案による個別性が高いため,刑事実務基礎での限られた経験を普遍化することはできない。学生によっては,事実認定に関する文献等で指摘された視点をあたかも一般法理のようにとらえる危険もある。筆者が司法修習生を指導した経験でも,法科大学院修了生には,『近接所持の法理によれば』と起案をする者が相当数存在し,司法修習開始後に初めて事実認定を経験した従来の司法修習生と比較して悩みが見られないという明らかな差異があった。法科大学院で事実認定教育をすることには意義深いものがあるが,法科大学院において事実認定能力を高めることに期待することは,そもそも制度上の限界がある」(同書516頁)


「(ア)法曹三者それぞれの『立場』を強調することの弊害

 法科大学院生にとって,検察官や弁護人の『立場』を強調することは見解の相違にしか見えず,複眼的な思考を深めるためには有益ではない」

※これは意外な指摘かと思われますが,司法試験の論文式試験でも,刑事系のみは,立場から論じる設問が出ていない(「検察官の立場から論ぜよ」とか,「弁護人の立場から論ぜよ」)ことからすれば,理解もできるところです。

 

また,本論文では,司法修習委員会による「法科大学院における『刑事訴訟実務の基礎』の教育の在り方について」という意見書が紹介されていますが,それについては,ホームページで公開されています。

 

•法科大学院における「刑事訴訟実務の基礎」の教育の在り方について(平成21年3月5日)(PDF:21KB)

http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/803008.pdf

 

※司法修習委員会のページ

http://www.courts.go.jp/saikosai/iinkai/sihosyusyu/index.html


なお,刑事訴訟実務基礎科目については,民事訴訟実務基礎科目とは異なり,法科大学院によってバラツキがあるように思われます。派遣刑事裁判官,派遣検察官による充実した講義が開講されている法科大学院もあれば,全く開講されていない法科大学院もあります。予備試験も刑事実務基礎が必修科目であるのに,一部の法科大学院にいる法科大学院生は,派遣刑事裁判官や検察官と接する機会も与えられず,かつ,刑事実務基礎を学ぶ機会も与えられないのは,何ともおかしなことだと思います。まあ,その法科大学院を選択したのは学生ですから,自己責任と言われれば,それまでなのですが・・・。