自由と正義2010年12月号

http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/jiyutoseigi/2010_12.html


座談会 法曹養成の現場から(法科大学院、司法修習、実務の連携)


座談会の中で、私が注目した発言を以下、引用。なお、アンダーライン、強調は引用者。
「私が担当する授業についてですが、『リーガルクリニック』という授業科目はもともと3年生を対象としていました。ただ、3年生になると、どうしても司法試験が気になり、受講がふるわず、現在では2年生まで受講対象を拡大しています。

 そして、2年生・3年生だけでは専用法律事務所の施設がもったいないので、1年生にも開放しています。なお、1年生の場合には、『プレ・リーガルクリニック』と言って、正規の授業ではなく、任意参加のプログラムとして実際の仕事の様子を見てもらっています。1年生の段階でそれを見せておくと、これからの勉強をどのようにしたらいいのか、教科書を読むときにどこを重点的に読んだらいいのか、判例の読み方はどうしたらいいのか、そういう問題意識が芽生えるという効果はあると思います。ただ、法律知識が足りませんので、問題点や論点を十分に理解したり分析したりすることはまだできない状態です。本来、3年生になると法的知識もついてくるので、事件処理のおもしろさや難しさが理解できるようになると思いますが、現在は、2年生が受講の中心になっているのでやや中途半端で終わっていないか、十分な効果が発揮できていないのではないかという懸念があります」(10-11頁の山口卓男発言)


「特に起案については、いざ書いてみたら案外書けない。実は、基礎的なことがきちんとわかっていないからうまく文章化できないといったことが、起案してみると身にしみてわかり、もっとしっかり基本を身につけておかないといけないとか、今の自分に何が足りず、何をしておかなければならないのか、そういった『気づき』を与える最も効果的な方法であろう思っています」(15頁の尾崎雅俊発言)


「法科大学院ごとにカリキュラムの内容、特に起案の内容とか添削の量、それから保全・執行等についての講義の内容などについてかなりばらつきがある」(17頁の柴崎晃一発言)

 →民事執行法、民事保全法の扱いは法科大学院によって異なります。新司法試験の本番ではほとんど出題されていません(2009年度民事系第2問で若干問われましたが)が、民事裁判、民事弁護実務では必須ですので、法科大学院時代に履修・聴講することが推奨されると思います。


「これは修習のスキームの問題とは少し次元が違いますが、最近、司法修習生の思考傾向について、マニュアル志向が強いとか正解志向が強いというようなことを関係各方面で仄聞します。ただ、それらの志向は、修習生に固有の特徴というよりは、むしろ最近の若者の全般的特徴であり、法科大学院や司法研修所だけで解決できるような問題ではないという意見もあります」(17頁の柴崎晃一発言)


「私は、実務に就く段階でどれぐらいの力を求めるかの分析から逆算して、修習が始まった段階、新司法試験の段階、法科大学院の3年生、2年生の段階で、この程度までは到達して欲しいという考え方をしています。法律学の勉強は、ある程度の時間をかけなければ、土台部分が身につく来ません」(24頁の川崎直人発言)


「二回試験に合格して卒業していく修習生が全般的に問題があるとは私も思いませんが、われわれが修習生であった時代と比較して、修習生の知識が不十分だという印象をもつことが少なからずあります。実務に耐えられないという意味ではありません。

 そもそもわれわれの時代と比べることがいいのかどうかという問題はありますが、やはり最近の就職事情を前提に即独立する新人弁護士もいることを考えると、少し心配の材料にはなっています」(26頁の柴崎発言)


「多様な領域で法律家が活躍するために数を増やしているけれど、しかし、今でも『ベーシックなところは訴訟法律家』というところから抜け出せないので、多様な教育を法科大学院でやれないし、仮にやっても出口は『法廷法律家』なのです。なぜなら、今でも司法研修所は、法律家になろうとするすべての人に訴訟実務の研修を義務づけて、そこをクリアしないと資格を与えない制度になっているからです」(29頁の四宮啓発言)

 →極めて重要な指摘です。現行制度の「しくみ」は四宮弁護士が指摘するように、法曹三者として活躍するためには、例え法廷に立たなくても、訴訟実務を義務付ける司法研修制度を通ることになっています。そうなると、このblogで再三再四指摘しています通り、司法試験は実務家登用試験と言うよりも、「司法研修所入所試験」と言うべきだと改めて感じます。


「法科大学院の講師と司法研修所の教官をやってみて思いますが、司法研修所の教官から見ると、法科大学院でどんなことをされているのか具体的な中身まではあまりよく見えてきません。逆に、法科大学院の教官の方々は、たぶん司法研修所がどのようにやっているのか、わかりにくいのではないかと思います。司法研修所の教官には、守秘義務もあり、あまり具体的な中身を話せない部分などもあり、結局、情報の共有が十分とは言い難いのではないかと思います」(32-33頁の柴崎発言)


「司法研修所の教官と法科大学院で教えている方の意見交流の場に、2回ぐらい出たことがあります。現在では違うかもしれませんが、そこで感じたのは、司法研修所ではこうやって欲しいということは言われますが、法科大学院ではこうやっていますという、かみ合わない議論がなされているということです」(33頁の川崎発言)