「インタビュー・山本敬三教授に聞く債権法改正の現在」法学セミナー667号18頁以下。


以下、引用。

「山本 (前略)ただ、(債権法改正が-ESP補足)このようにもう少し先ではないかと言いますと、学生の中には『安心しました』という人が少なくないのですね。試験勉強をしている途中で民法が改正されると大変だからということのようです。これは、気持ちは分からないではないですが、やはりよく分かっていないと言わざるをえません。というのは、新しいことを一から学ぶよりも、いったん学んだことを後から修正する方が、はるかに大変だからです。頭のなかの知識が一度確立しますと、どうしもその知識にとらわれてしまいますし、変わった部分と変わらない部分の区別がつきにくくなります。実際、われわれの同業者の間でも、最近の立法の嵐のなかで、『新法がどうしても頭に入らない』、『いつまでたっても細かいところは自信がもてない』という声をよく耳にします。試験勉強で頭のなかが現行法で固まってしまいますと、後で大変な苦労が待っているわけです。

-それでは、いったいどのように勉強すればよいでしょうか。

山本 常に相対的な視点をもつことだと思います。つまり、現行法を絶対視するのではなく、現行法も、他にいくつかありうる可能性の一つであるという目で学ぶことが重要です。そうすることで、頭の中の知識が固定化するのを防いで、別の考え方を受け入れられるように柔軟な構造にしておこうというわけです。

 試験勉強と言いますと、とにかく答案で書く自分の説を決めて、それを徹底的に覚える人をよくみかけます。多くの場合、それは判例や通説で、場合によっては講義などで習った先生の説だったりすることもありますが、いずれにしても、他の見解は見向きもせずに、せいぜい一言でしりぞける叩き台ぐらいしか扱わないところが共通しています。

 しかし、これは、そもそも法律家のものの考え方や仕事の仕方にそぐわない態度だと言わざるを得ません。実際の紛争の場面では、それぞれの当事者の側から、どうすればその当事者の権利や利益が守ることができるのか、考え抜かなければなりません。そのときに、自説と称するものから機械的に考えることは許されません。裁判官も、それぞれの当事者の主張に耳を傾けて、判例がないところはもちろん、判例があるところでも、本当にその判例がこの場面にあてはまるべきものなのかどうか、やはり考え抜くことが求められます。どちらの立場にも立ってものをみる能力が、とりわけ法律家には求められていると言うべきでしょう。

 その意味で、大きな改正があるかもしれない状況は、このような相対的・複眼的な視点をもって法律を学ぶ必要性をあらためて意識させてくれるよいきっかけだと言えるのではないでしょうか」


非常に説得力のあるコメントだと思いました。


ただ、現実問題として・・・


学習者が改正の動向に関心をもつのは大いに結構だと思われるでしょうが、そのときに注意しなければならないのは、知識・情報の整理です。現行法、改正提案をきちっと頭の中で整理しないと、既存のルールを問う短答式試験などで間違えてしまう危険があります。


で、ここからは山本先生のコメントに反してしまうのかもしれないのですが、知識・情報の整理に自信がない人は、最近の議論はとりあえず無視して、既存のルールをしっかり定着させることに力を注いだ方が、対試験突破という観点からは、有効なのかも知れません。将来も大事なのですが、やはり目先のハードル(例えば、試験)を突破することも、やはり大切なことなので。


視野を自分で限定しすぎて自分の可能性、能力のアップを自分から放棄してしまう危険もある一方で、下手に視野を広げすぎて、物事に失敗する、ということもありうるように思います。


難しいところですね。