法学教室での、

「対話で学ぶ刑訴法判例」

はいつも大変勉強になります。

一線の研究者と、一線の裁判・検察実務家が刑訴判例について対談しており、判例の見方、射程などを有益な示唆を与えてくれます。


さて、今回(340号)は、


大澤裕=朝山芳史「第18回 約束による自白の証拠能力」


です。

福岡高判平成5年3月18日判時1489号159頁

を素材にしています。


その中から引用(前掲・92頁)。

朝山 実務は基本的に虚偽排除説と人権擁護説に基づいて運用されていめといってよいのではないかと思います。今までの最高裁判例として、昭和41年判決(昭和41年7月1日最高裁判決-ESP補足)もそうですし、検討判例もそのような考え方であると思います。最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(刑集24巻12号1670頁)は、偽計による自白の事案ですけれども、これなどを見ましても、やはり虚偽排除、事実認定を誤らせるという考え方がベースにあるのは間違いないだろうと思います。

 また、条文上の根拠として、憲法38条、あるいは刑訴法319条等の条文上の根拠からしても、虚偽排除説、人権擁護説が条文を素直に理解できるのではないかと考えられます。ただ、違法排除説も決して実務は排斥しているわけではないと思います。解く国違法収集証拠、証拠物に関する最高裁判例(最判昭和53・9・27刑集32巻6号1672頁)が出て、もうこれは完全に実務に定着していますが、その考え方自体は取調べ、あるいは被告人の供述についても、及ぼしうる考え方ですから、自白がその適用を受けないと考える必要はないと思います。佐藤文哉元判事が書かれていましたが(三井誠編『刑事手続(下)』833頁〔1998年〕)、実務は特定のどの立場というのを決めつける必要はなく、要するにその3つの考え方を相互補完的に使っていると考えてよいと思います。基本となるのは虚偽排除説と人権擁護説だろうと思うのですが、それで足りない部分については違法排除説を持ってくる。例えば、弁護人選任権の侵害ですとか、違法拘禁中の自白ですとか、あるいは弁護人との接見妨害による自白とか、そういった分野になりますと、伝統的な虚偽排除説とか人権擁護説では必ずしもうまく説明できないのです。そういう事案に関しては、端的に違法排除説をとったほうが適切な説明ができると考えられます。

 ただ、約束による自白ですとか、偽計による自白といった従来から伝統的に掲げられてきたテーマに関しては、319条の任意性の枠組みで、虚偽排除説、人権擁護説の立場で説明できると思いますので、そういう立場で基本的に説明しているだろうと考えられます」


96頁。

朝山 違法排除説をとれば任意性の基準が明確するとは私はあまり思っておりませんし、おそらく、実務家でもそういう考え方をとる方はあまりおられないと思います。そもそも、どこまでが適法なのかというその取調べのルールが日本ではあまり明確な形で決められていません。もちろん、犯罪捜査規範はありますが、それはあくまでも警察内部のルールで、裁判所まで拘束するようなルールとは違います

※アンダーライン、強調はESP。