麻雀を教えること
僕は、店でメンバーに滅多に麻雀を教えません。
昔はいくらか教えてたんですが、止めました。
理由はいくつかあります。
その中で最も大きな理由がこれです。
・自分の価値観を持っているため教えにくい
これですわ。
まあ、この「価値観」は「プライド」と置き換えると良いかもしれません。
僕から言えば、毎月毎月たくさん負けるメンバーに限って、プライドが強い。
プライドが高いわけではなく、プライドが強いと感じます。
プライドが強い人は、忠告を素直に聞く耳を持ちません。
また、彼らの共通点は、負けを己の責任としない。
外部のファクターに、負けの責任を転嫁する。
なので、上達しないのです。
でもね、現実を見ましょうよ。
負け続けているということは、明らかに間違っているってことでしょう!
それなら是正するのが普通じゃないの!?
負け続けて良いの!?
「反省だけなら猿でもする」
昔、こんな言葉が流行りました。
反省して、新しいやり方を試す。
そして結果を検証する。
結果が良ければ、そのやり方を続ける。
結果が悪ければ、さらに新しい方策に挑む。
試行錯誤の繰り返しが成長の肝。
挑戦することこそ、成長のために必要な事でしょう!
人生の全てに通じることです。
結果が出なかったからといって、1日毎に打ち方を変えてたやつがいたなぁ・・・
それは、やり過ぎだよ^^
今回のブログは、これを読んでいるであろう、当店の社員及びアルバイトに向けたものとなってます。
若干厳しい目の表現となっていますが、ご容赦下さい。
鯉のぼり
昨日、娘を幼稚園に迎えに行きました。
帰りに、スーパーに寄ったら、鯉のぼりのついたラムネが売ってました。
ポールの長さが30センチくらい。
そこに青と赤の鯉のぼりがついいています。
ポールの先頭には、青い風車。
おまけ程度に小さなラムネが2個ついてました。
娘が買って欲しいとねだるので、買って帰りました。
娘は大喜び。
特に今日は風が強かったので、ベランダで風車がクルクル回るのを楽しんでました。
そしてふと気付いたこと。
鯉のぼり
端午の節句
男の子のお祭り
うちの子
娘
女の子!
まあいいか^^
「子供の日」に関するお話
先日テレビを見ていて知りました。
3月3日=桃の節句=女の子の成長を祝うお祭り
5月5日=端午の節句=男の子の成長を祝うお祭り
何故、「子供の日」???
男女がごっちゃになってる!
そうずっと、思ってました。
ところが、「子供の日」は子供のための休日では無かったんです。
子供を産み、育てた、母親に感謝する日だそうです。
それなら、「子供の日」も納得!
でもでも、「母の日」のほうがしっくりくるなぁ。。。
「昭和の日」が、全然しっくりこないマスターでした^^
同窓会委員
自分という人間を振り返ってみる。
クラスや、ちょっとしたグループ内での役割といった観点に照準をあてて。
(幼稚園時の頃)
行くのが嫌で嫌でしょうが無かった。
しかも人見知りが強く、前に出ることがとても少なかった。
(小学生の頃)
成績優秀で運動もそれなりにできた。
男友達の中では人気者だった。
でも、まだまだ人前に出るのが苦手だった。
(中学生の頃)
これまた成績優秀だった。
中学はさぼりまくり。
すでに大学生のような生活の兆しが見えていた。
クラスの役員なんてしたことが無かった。
伸学社(入江塾)の中では、それなりに目立つポジションにいた。
一番上のクラスから一番下のクラスまで友達がいた。
指導部などの役割を引きうけていた。
でも、それ以上することは無かった。
(高校生の頃)
高2で麻雀を覚えてからは、成績は直下降でダメダメ。
マンガや麻雀を通じて、友達がいた。
何も役割を引き受けなかった。
(浪人生の頃)
梅田で麻雀やりまくり。
行きつけの雀荘「T町」や「M大」では有名人となる。
同級生や、2浪の時は下級生までしきる。
僕の名前は知らないけど、雀荘から帰る時は挨拶に来るやつとかいた。
(大学生の頃)
2浪して入学したので、最年長。
一緒に麻雀をするやつらを束ねる。
(卒業から現在まで)
店では立場上一番上。
WEMPなどの組織でもそれなりの立場。
こうやって振り返ると、現在の自分がいつ、どうやって生成されたかが分った。
中学時代の塾の中での指導部で、少しは人前に出ることに慣れてきた。
高校時代に覚えた麻雀で、人とのつながりが強くなった。
浪人時代以降、麻雀をする時に、連絡係りとしての立場が確立。
その連絡係りとしての立場が発展したのが、昨今の懐かしい面々との飲み会。
現在は、まるで「同窓会委員」みたいです。
でも、まったく嫌じゃない。
はっきり言って、楽しんでます。
性格って変化するのね。
いや、進化したのね^^