イーソーマスター日記 -132ページ目

油の原因

先日の頭頂部の油の件を妻に話しました。


シャンプーをかえたのが原因かも!?


無くなったら、別のにかえます。

メンバー探しと開店初日

眠れない夜に続きを書くということで、久しぶりに書いてみる。


店舗を見つけたら、今度は働く従業員だ。


僕は、フリー雀荘で働く者を「メンバー」という呼称を使うことにしている。


それは、横浜の綱島で最初に働いた雀荘「T」で使っていたからだ。




開業する前まで、僕は3つの麻雀グループに所属していた。


クラブみたいに籍を置くとかいうような大それたものじゃない。


麻雀を打とうと思ったら、僕が声をかけたらメンツを集めることが出来るグループが3つあったということだ。


一つ目は、梅田の茶屋町にあった「クラブ茶屋町」の仲間。


これは、僕達の学年から、数世代下までいて、50名以上いたはず。


二つ目は、当時働いていた「H学園」の講師仲間。


ざっと、20名くらいはいた。


三つ目は、僕の高校時代の同級生たち。


これまた、20名くらい。


ちょっと、麻雀を打とうと思えば、すぐに人は揃った。


それくらい、メンツに困ることはなかった。




メンバーを探すにあたって、「クラブ茶屋町」と「H学園」の仲間に声をかけた。


1週間くらいで、取りあえずの人数は集まった。


「クラブ茶屋町」からは、R。


「H学園」からは、K田とF川とY崎の3人。


「H学園」のR君の紹介で、大学の後輩のKとK子の二人。


しかしK子は、やっぱり辞めますとのこと。


それもまた仕方の無いことと割り切って、開店までにいくらか研修をした。


まずは、ルールに慣れてもらうためと、親睦の意味をかねて、麻雀を打った。


みんな、普段からよく打っているだけあり、結構打てる。


打った後は、ルールやゲーム料金に関する考察。


そして接客の大まかな流れ。




僕以外、雀荘で働いた経験者はいなかった。


フリー雀荘で打ったことがあったのも、K田だけ。


それも数えるほど。


まあ、素人軍団と言ってよい陣容だった。


麻雀がきちんと打てるだけ、それは価値があるように思えた。


しかし、これが後々災いすることになる。


結局、みんな麻雀が好き過ぎて、自分が接客業をしている自覚が足りない。


僕の指導不足は否めないが、「P」を営業中はそのことでずっと苦しんだ。


その経験を活かし、現在は「メンバーは接客業である」ということを教え込んでいる。




1996年5月28日が開業日だったと思う。


6卓の店に、お客様が来た。


内装工事などをした、麻雀用具のM社の人達が貸卓。


その他、僕の知り合い達が顔を出してくれた。


フリーが4卓立った!


だが、当日のメンバーはRとK田とKの3人。


僕がルール説明をし、兎に角3人には卓に入ってもらった。


全員がご新規だから、ルール説明も全員しないといけない。


メンバーにやってもらうのは、おしぼりとドリンクと灰皿交換。


ゲーム表もきちんとかけるかどうか?


預かりをもらって、カゴを出すのはとてもじゃないけど任せられない。


そんなわけで、僕は卓に入ることもなく、ひたすら働いた。


初日にしては、満足出来るほどの売り上げがあった。


ある意味、予想通りであった。


そして、びっくりするほど疲れたと記憶している。

油、流出中

何の努力もしてませんが、4~7月の間に5キロ減った体重が、さらにこの3ヶ月で1キロ減ったマスターです。


このペースなら、来年の初めには60キロ台に戻ります。


また、服のサイズが・・・


心配はつきません。




そんな僕は、昨日、長女の看病をしながら、自分の頭頂部を触ると、そのオイリーさにびっくりしました。


次女を風呂に入れて、慌てて出たからコンディショナーを流し忘れたか・・・?


今日のお風呂は、流し忘れに注意して入りました。


そして、きっちりと、髪を洗い流しました。


現在、頭頂部はしっとりとしてます。


誰か、僕の頭に油をかけました!?