小学校の卒業アルバムで、彼女は『頑張り屋のがんこちゃん』とお母さんからコメントがありました。
まさにその通りで、まじめで努力家。
努力ができるってすごい才能だと思うんです。
努力の才能が皆無だった私(残念)にとって、本当に尊敬する存在です。
(今でこそ尊敬していますが、当時は「すげーなー、私には無理だわー」と思っていました。)
彼女は何に対しても一生懸命で、今思うと手を抜いているところを見たことがありません。
そんな彼女とは打って変わって、私は昔からひねくれていたので「どうしてもっとちゃんとやらないの?やればできるのに。もったいない。」と言われて育ちました。
自分の親や先生だけでなく、友達やよその親御さんにまで言われて、正直辟易していました。
当時はもったいないという言葉が、自分自身を否定されているようで…大っ嫌いでした♡
なにが気に触るって、まぁ〜おっしゃる通り図星だから。笑
「は?だったらおめーがやれよ。」と思っていました。口悪!最低!超絶思春期!笑
人に自分の限界を知られるのが嫌だったのかな?
「だって私、本気出してないもーん!もんもんもーん!」って逃げ道を作っていました。
あと「やればできるのは当たり前。やらずにできるからいいんじゃん!」みたいな考えでした。恥
今は「あー気にかけてくださっていたのに…さーせん!!」と心から思っています…。笑
話は戻りまして(笑)
そんな対照的な私たちは、遊び友達とはまた違う関係で、どこかでずっと繋がっている…良い意味で、彼女はずっと私をライバル視してくれていました。
オール5だし、周りのみんなからすると、彼女は頭の良いイメージだと思うんですが、私は普通かもしくは……と思っていました。ごめんなさい。
僻んでいると思われそうで、誰にも言ったことはありませんでしたが、私はずっとそう思っていました。
授業中に手を上げて「えっ今それ聞く?」という初歩的な質問をして、いつも授業を止めていました。
そして、そこそこ勉強のできるヤンキー(笑)に「おい、○○!それ普通に●●だからっ!笑」と毎回いじられる…というのが日常でした。
(彼女が授業を止めるのは、みんなにとっても良かった事だと思ってます。同じところがわからなかった子もいただろうし、わかってる子は復習ができたし、授業にあまり参加していなかったはずのヤンキーも食いつくくらいだし。笑)
ものすごい努力の才能で、苦手な部分をカバーしているような…そんな印象でした。
あとはすごく音痴だったり。
歌詞を覚えられず、いつも鼻歌が替え歌だったり。
でもピアノは上手。
あと表情が少ない。
映画を一緒に観に行っても、あまり内容を理解していなかったりとか。
コミュニケーションは特に気にならず。
ただ、みんなと仲良くやっていたけど、普段誰と行動していたかは不明。
運動神経はよかった。
あと、私は彼女の我の強さを知っているし、彼女自身も自覚している事なんですが、彼女対私の1対1の時と、私を含むその他大勢の時とでは明らかに態度が違うんです。
特に高校以降、明らかに違います。
ものすごく気を使っている感じ。
言葉数も一気に減ります。
ただ、中学までの友達限定で、高校以降の友達には私と同じ対応のようです。
それは昔から不思議でした。
全体的に端的に言うと、「頭良いのになんか抜けてるよねー!」といわれる、愛すべきいじられキャラ…という感じでした。笑