えろげ業界雑考
エロゲーとは、つきつめていうと人間の本能に属するエロスを満たすコンテンツの一つである。
それは官能小説やエロ本、アダルトビデオそしてスポーツ紙や雑誌のエロ記事とはなんら変わらない。当然、ポルノ画像とも同様である。言語の違いや嗜好に程度の差はあるが、概ねどの国もそれは変わらないようだ。宗教的なものから相当忌避している国もあるが。
しかし、大きく変わっている点がある。エロゲーが大きく発展しているのは日本のようである。過分にして海外で名を馳せているエロゲーは聞いたことが無い。
それはそうだろう。ゲームというのはプログラム上で動かすものであって、動画をキャプチャリングしたりカメラで取り込んだ画像のみで成り立つものではない。プログラマーが世界に多数存在するとはいえ、肝心要のエロCGを作る技術や人材(主に意欲的なもの)が無いのが海外でエロゲーが存在していない理由だろう。
ゲーム作成自体が一つのプロジェクトではあるが、絵・プログラムの粋を集めた職人芸といえる。エロの職人と言えば聞こえが悪くなるが。
日本では、伝統的にそのような趣味の分野を認める土壌がある。
例えば漫画。
漫画は単純に絵を描くだけの作業ではない。特殊効果と言おうか、集中線といった強調手法、そしてコマ割りなど。漫画家にはアシスタントというサポート役が数人必要とされている。つまり、読むのは気楽でも描く側にしたら、それだけの労働力をつぎ込んでいるということだ。
ただ、エロゲーに関して言うなら、ユーザ(購入者)の「要望」「嗜好」を満たさない限り、自然と淘汰されていく。当然の話ではあるが。メーカーの体力(資金)が脆弱な事を考えれば、家庭用ゲーム業界よりも厳しい環境にあると言えるだろう。
付け加えるなら、エロゲー業界は家庭用ゲーム業界よりも「オタク度」が高い。ユーザの目が肥えていると言おうか、自分のシュミ範囲外には手を付けようともしない(購入しようとしない)し、評価も辛い。個人サイトや某所で話題(ネタ)にはされるが。
またオタクというのは独自のネットワークを持っていて、特に「酷評される」とただでさえ売れない(ユーザのニーズに合っていない)ゲームがさらに売れなくなるという悪循環に陥る。
つまり営業力を除いて、市場の流れやゲームのウリ、ターゲットユーザを見誤って下手なものを作ってしまえば「売れない」「酷評される」というダブルパンチを喰らい、ネームバリューの低下やメーカの体力如何によっては倒産危機にも陥る。
市場規模も家庭用ゲーム業界と比較して小さく、メーカの体力も小さい業界ではあるが、一つ光明がある。
表現の自由度が高さがそれだ。
重度の炉莉や残虐行為(犯罪行為を含む)、シチュエーションでも表現は激しくスルーされる。苦笑するしかないが、見た目1桁年齢でも「これは(設定では)18歳だから」と強弁する強者メーカも存在している。
特に良質な物語を目的として、その手段にエロスを用いるなら、それを表現しうるのは官能小説かエロ漫画かエロゲーしかない。家庭用ゲーム業界ではエロスは強く否定される、というか市場に放出できない。子供の情操教育にも悪いし世間の目もある。
それと一つ重要な点がある。
エロゲーというからにはエロスを満たした画像が必要になるのだが、その画像能力が飛躍的に高まった。
いわゆる原画の能力もそうだし、パソコンの性能向上もある。エロスがユーザの求めるレベルにまであがった、と言える。
自分が高校のころだから10年前になるが、当時のエロ漫画と現在のエロ漫画では明らかに絵的に発展している。今では10年前のエロ漫画@800円ではナニは如何ともしがたいが、自分の目から見てもこの10年でエロ漫画の質も上がっている。
(物語性はともかくとして)描かれる女の子が可愛くなったし、デッサン力も上がり、(当時はそれでも満足していたが)少なくともそれはどうよ、みたいな漫画は減ってきている(無くなっているワケではない)。
もう少し言うなら、ノベル部分と言おうか、小説の分野も同時期に発展してきた感じだ。
代表的なところでフランス書院。
これは自分が高校に上がる直前くらいに創刊されている。(オタクではない)世の殿方の潜在的欲望に沿った内容が刊行されているためだろう、今なお新刊が月に数冊刊行されている(今でこそ4桁に逝っているが、自分の初お目見えは2桁前半くらいだったと記憶している)。
自分が高校のころ、パ○パラ○ャッ○という名前だったか、今で言うオタク向けなライト系・ファンタジー系なエロ小説雑誌が創刊された。しかしライト系・ファンタジー系なエロ小説を書ける人材に不足していたのが原因だろう、エロ小説の部分は1年もしないうちに見事なまでに淘汰され、別の路線に進んだ。血涙を流しつつ歯軋りしながら自分は定期購読は辞めた、苦い青春の1ページだ。
その点、最近はエロゲーシナリオを小説として二次販売している。エロゲー自体の物語の質も向上しているし、何より「二次販売的小説にも需要がある」事を考えれば、ライト系・ファンタジー系のノベルの質も全体的に向上したと考えていいだろう。
現在でこそ常識ではあるが、エロゲー業界に革命的ともいえるゲームシステムが登場したのは98-DOSがにぎわってた頃か。ある種の発明と言えるマルチシナリオというシステムが確立された。(マルチシナリオについてはこちらをご参照ください)
マルチシナリオというシステムが出てくるまでは、一本道のシナリオの小説や映画、テレビドラマを観賞するしかなかった。また、今まで学んできた歴史も一本道でもある。
だが、「EVE」や「Desire」というゲームがそのハシリだが、Aという人物から見た視点、Bという人物から見た視点、個別に見た場合では分からなかった一つの事件が、その2つを合わせて立体化させる、というのはユーザ(ゲーマー)にとっては衝撃的ですらあっただろう。また「終の空」というゲームでは、集団自殺事件を4人の視点から見せる事で、サスペンス調に事件の真相を徐々に展開していっている。
つまり、ゲームは「繰り返しプレイ」する事で、物語展開やシナリオの厚みを向上させるのに成功したのだ。
他にも、最近になって重要な要素が出てきた。いわゆる「萌え」である。概ねゲームの登場人物の為人(ひととなり)の事ではあるが、性格的な肉付け、見た目を提供するだけでユーザが「勝手に燃え上がる」現象を導き出した。
この「萌え」要素はゲームの物語性や面白さには関係が無い。単純に「可愛い」とか「性格」、または「口癖(語尾)」や「服装」がユーザの嗜好に合えば、気難しい(はずの)オタクは「全てを許す」のである。困った事に。
あと、エロゲーメーカの最大の弱点であろう、体力(資金)の無さ。これはメリット・デメリットがあって、開発の容易さがある。家庭用ゲーム業界と異なり究極的に言えば、パソコン数台あれば数人程度のプロジェクト・数ヶ月で出来るのだ。
エロゲーを作る際は、実はプログラムはそれほど重要視されていない。無論、必要なものではあるが、プログラムは土台さえきっちり作ってしまえば、後はプログラムをそれほ変える必要は無い。1作目と同じプログラムで2作目を作ることができるからだ。
それを可能にしたのがスクリプトプレイヤーという概念だ。
劇芝居やTVドラマ風に変換して簡単に言うと、
●台本のフォーマット(形式)を作るのがプログラム、
●台本の中身(セリフなど)を作るのがスクリプトプレイヤーだ。
これによりゲーム開発の労力が軽減され、多くのゲームが作られるようになった(当然、体力に劣る弱小メーカがほとんど)。
エロゲー業界というのは、オタク産業に位置するが、厳密に言ってニッチ産業である。
しかし、
●エロス(画像・萌え要素)
●ゲーム性(マルチシナリオ・ノベルを含む)
●開発の容易さ
の3つ重要なファクターであろう。
また「表現の自由」という不確定性の高いファクターも存在している。ここで言う表現の自由とは、犯罪行為や非常識的な行為も含まれる。先ほど書いた炉莉もそうだし、拉致監禁・痴漢強姦も可能だし、那痴巣万歳的な内容もほぼ無制限に表現可能だ。
(ちなみに制限がかかっているのは、局部にモザイクしたり、ボイスに電子音が入る程度の内容)
特に、ターゲット層がオタクである、というのが潜在的な爆弾だ。オタクというのは趣味にさえ合えば(生活の許す範囲で)消費に走ってくれるし、オタク独自のネットワークで「高評価だから買え」と指令が乱れ飛ぶ。
そもそもがニッチ産業であるために大企業にまで発展するとは考えにくいが、少なくとも「エロゲー業界の雄」と成り、質さえ落とさない限り固定ファンがエロゲーを買い続けるだろう。
総論として。
エロゲー業界は開発コストの低さを考えれば、エロス・ゲーム性に「人を得れば」問題なく開発は進むだろう。
それを踏まえて、ターゲットユーザ、セールスポイントをしっかり抑えた企画・戦略、
残りは問屋卸しと小売店への営業活動という「通常の」手段さえ怠らなければ、立派に産業として成り立つと考える。
親には大声で言えない分野ではあるが。
そんな思考を踏まえて、えろげ業界への転職を考えちょぉEsLoadであります。
それは官能小説やエロ本、アダルトビデオそしてスポーツ紙や雑誌のエロ記事とはなんら変わらない。当然、ポルノ画像とも同様である。言語の違いや嗜好に程度の差はあるが、概ねどの国もそれは変わらないようだ。宗教的なものから相当忌避している国もあるが。
しかし、大きく変わっている点がある。エロゲーが大きく発展しているのは日本のようである。過分にして海外で名を馳せているエロゲーは聞いたことが無い。
それはそうだろう。ゲームというのはプログラム上で動かすものであって、動画をキャプチャリングしたりカメラで取り込んだ画像のみで成り立つものではない。プログラマーが世界に多数存在するとはいえ、肝心要のエロCGを作る技術や人材(主に意欲的なもの)が無いのが海外でエロゲーが存在していない理由だろう。
ゲーム作成自体が一つのプロジェクトではあるが、絵・プログラムの粋を集めた職人芸といえる。エロの職人と言えば聞こえが悪くなるが。
日本では、伝統的にそのような趣味の分野を認める土壌がある。
例えば漫画。
漫画は単純に絵を描くだけの作業ではない。特殊効果と言おうか、集中線といった強調手法、そしてコマ割りなど。漫画家にはアシスタントというサポート役が数人必要とされている。つまり、読むのは気楽でも描く側にしたら、それだけの労働力をつぎ込んでいるということだ。
ただ、エロゲーに関して言うなら、ユーザ(購入者)の「要望」「嗜好」を満たさない限り、自然と淘汰されていく。当然の話ではあるが。メーカーの体力(資金)が脆弱な事を考えれば、家庭用ゲーム業界よりも厳しい環境にあると言えるだろう。
付け加えるなら、エロゲー業界は家庭用ゲーム業界よりも「オタク度」が高い。ユーザの目が肥えていると言おうか、自分のシュミ範囲外には手を付けようともしない(購入しようとしない)し、評価も辛い。個人サイトや某所で話題(ネタ)にはされるが。
またオタクというのは独自のネットワークを持っていて、特に「酷評される」とただでさえ売れない(ユーザのニーズに合っていない)ゲームがさらに売れなくなるという悪循環に陥る。
つまり営業力を除いて、市場の流れやゲームのウリ、ターゲットユーザを見誤って下手なものを作ってしまえば「売れない」「酷評される」というダブルパンチを喰らい、ネームバリューの低下やメーカの体力如何によっては倒産危機にも陥る。
市場規模も家庭用ゲーム業界と比較して小さく、メーカの体力も小さい業界ではあるが、一つ光明がある。
表現の自由度が高さがそれだ。
重度の炉莉や残虐行為(犯罪行為を含む)、シチュエーションでも表現は激しくスルーされる。苦笑するしかないが、見た目1桁年齢でも「これは(設定では)18歳だから」と強弁する強者メーカも存在している。
特に良質な物語を目的として、その手段にエロスを用いるなら、それを表現しうるのは官能小説かエロ漫画かエロゲーしかない。家庭用ゲーム業界ではエロスは強く否定される、というか市場に放出できない。子供の情操教育にも悪いし世間の目もある。
それと一つ重要な点がある。
エロゲーというからにはエロスを満たした画像が必要になるのだが、その画像能力が飛躍的に高まった。
いわゆる原画の能力もそうだし、パソコンの性能向上もある。エロスがユーザの求めるレベルにまであがった、と言える。
自分が高校のころだから10年前になるが、当時のエロ漫画と現在のエロ漫画では明らかに絵的に発展している。今では10年前のエロ漫画@800円ではナニは如何ともしがたいが、自分の目から見てもこの10年でエロ漫画の質も上がっている。
(物語性はともかくとして)描かれる女の子が可愛くなったし、デッサン力も上がり、(当時はそれでも満足していたが)少なくともそれはどうよ、みたいな漫画は減ってきている(無くなっているワケではない)。
もう少し言うなら、ノベル部分と言おうか、小説の分野も同時期に発展してきた感じだ。
代表的なところでフランス書院。
これは自分が高校に上がる直前くらいに創刊されている。(オタクではない)世の殿方の潜在的欲望に沿った内容が刊行されているためだろう、今なお新刊が月に数冊刊行されている(今でこそ4桁に逝っているが、自分の初お目見えは2桁前半くらいだったと記憶している)。
自分が高校のころ、パ○パラ○ャッ○という名前だったか、今で言うオタク向けなライト系・ファンタジー系なエロ小説雑誌が創刊された。しかしライト系・ファンタジー系なエロ小説を書ける人材に不足していたのが原因だろう、エロ小説の部分は1年もしないうちに見事なまでに淘汰され、別の路線に進んだ。血涙を流しつつ歯軋りしながら自分は定期購読は辞めた、苦い青春の1ページだ。
その点、最近はエロゲーシナリオを小説として二次販売している。エロゲー自体の物語の質も向上しているし、何より「二次販売的小説にも需要がある」事を考えれば、ライト系・ファンタジー系のノベルの質も全体的に向上したと考えていいだろう。
現在でこそ常識ではあるが、エロゲー業界に革命的ともいえるゲームシステムが登場したのは98-DOSがにぎわってた頃か。ある種の発明と言えるマルチシナリオというシステムが確立された。(マルチシナリオについてはこちらをご参照ください)
マルチシナリオというシステムが出てくるまでは、一本道のシナリオの小説や映画、テレビドラマを観賞するしかなかった。また、今まで学んできた歴史も一本道でもある。
だが、「EVE」や「Desire」というゲームがそのハシリだが、Aという人物から見た視点、Bという人物から見た視点、個別に見た場合では分からなかった一つの事件が、その2つを合わせて立体化させる、というのはユーザ(ゲーマー)にとっては衝撃的ですらあっただろう。また「終の空」というゲームでは、集団自殺事件を4人の視点から見せる事で、サスペンス調に事件の真相を徐々に展開していっている。
つまり、ゲームは「繰り返しプレイ」する事で、物語展開やシナリオの厚みを向上させるのに成功したのだ。
他にも、最近になって重要な要素が出てきた。いわゆる「萌え」である。概ねゲームの登場人物の為人(ひととなり)の事ではあるが、性格的な肉付け、見た目を提供するだけでユーザが「勝手に燃え上がる」現象を導き出した。
この「萌え」要素はゲームの物語性や面白さには関係が無い。単純に「可愛い」とか「性格」、または「口癖(語尾)」や「服装」がユーザの嗜好に合えば、気難しい(はずの)オタクは「全てを許す」のである。困った事に。
あと、エロゲーメーカの最大の弱点であろう、体力(資金)の無さ。これはメリット・デメリットがあって、開発の容易さがある。家庭用ゲーム業界と異なり究極的に言えば、パソコン数台あれば数人程度のプロジェクト・数ヶ月で出来るのだ。
エロゲーを作る際は、実はプログラムはそれほど重要視されていない。無論、必要なものではあるが、プログラムは土台さえきっちり作ってしまえば、後はプログラムをそれほ変える必要は無い。1作目と同じプログラムで2作目を作ることができるからだ。
それを可能にしたのがスクリプトプレイヤーという概念だ。
劇芝居やTVドラマ風に変換して簡単に言うと、
●台本のフォーマット(形式)を作るのがプログラム、
●台本の中身(セリフなど)を作るのがスクリプトプレイヤーだ。
これによりゲーム開発の労力が軽減され、多くのゲームが作られるようになった(当然、体力に劣る弱小メーカがほとんど)。
エロゲー業界というのは、オタク産業に位置するが、厳密に言ってニッチ産業である。
しかし、
●エロス(画像・萌え要素)
●ゲーム性(マルチシナリオ・ノベルを含む)
●開発の容易さ
の3つ重要なファクターであろう。
また「表現の自由」という不確定性の高いファクターも存在している。ここで言う表現の自由とは、犯罪行為や非常識的な行為も含まれる。先ほど書いた炉莉もそうだし、拉致監禁・痴漢強姦も可能だし、那痴巣万歳的な内容もほぼ無制限に表現可能だ。
(ちなみに制限がかかっているのは、局部にモザイクしたり、ボイスに電子音が入る程度の内容)
特に、ターゲット層がオタクである、というのが潜在的な爆弾だ。オタクというのは趣味にさえ合えば(生活の許す範囲で)消費に走ってくれるし、オタク独自のネットワークで「高評価だから買え」と指令が乱れ飛ぶ。
そもそもがニッチ産業であるために大企業にまで発展するとは考えにくいが、少なくとも「エロゲー業界の雄」と成り、質さえ落とさない限り固定ファンがエロゲーを買い続けるだろう。
総論として。
エロゲー業界は開発コストの低さを考えれば、エロス・ゲーム性に「人を得れば」問題なく開発は進むだろう。
それを踏まえて、ターゲットユーザ、セールスポイントをしっかり抑えた企画・戦略、
残りは問屋卸しと小売店への営業活動という「通常の」手段さえ怠らなければ、立派に産業として成り立つと考える。
親には大声で言えない分野ではあるが。
そんな思考を踏まえて、えろげ業界への転職を考えちょぉEsLoadであります。