改めて書いておこう。 | 孤独が好きな寂しがりやBlog

改めて書いておこう。

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木村氏は自分が「かなり悲観的な主張を展開」している点において一つ誤解しているきらいがある。無論、自分の筆が足らなかった事に起因するため、責任は自分にあると言えるのだが。

木村氏は
>ふむむむ・・・。どうなんでしょう。
>現在の日本は、「政治的・経済的に不満の無い時代」になっているのでしょうか。
>でも、投票率は決して高いとは言えませんから、
>投票しなければならないという熱情が湧くに至らないほどの
>「政治的・経済的に不満の無い時代」
>なんでしょうかねぇ・・・・・・。考えさせられます・・・。


まず、政治的に不満の無い、というのは厳密に言って間違っている。自分は政治的に「抑圧されていない」と書いている。
不満があるのと無いのと、抑圧されているのとされていない、というのはベクトルが違う。そのあたり勘違いして欲しくない。
(ただし、「殿様をありがたがる風潮」があるので「仕方ないよね」という思考を持っているのが日本人の特徴でもある)

経済的に不満が無い、というのは、現在の日本を見れば分かる。衣食住はある程度以上確保されているし、また、高校生が携帯電話を持ち、部屋には冷暖房が完備されている昨今、経済的に困窮をきたしている、とはとても言えまい。

生活が安定すれば、余裕が生まれる。当然ではある。
仕事をしてお金を稼ぎ、稼いだお金でプライベートで趣味などに費やす。平和な1日だ。


木村氏は、おそらくそういったプライベートに時間を費やすなら、「タックスペイヤー(税金支払い)」に気を使おうよ、と主張したいのだろう。
だが、総じて庶民は、小難しい事を考えるより、甘い水を飲みたがる。すなわち、趣味といった自分のやりたいことをやりたがるのが「庶民」の「庶民」たる所以と言える。

そんな趣味に時間を費やすなら、1年間に1日くらいは税金について考えようよ、というのは自分の主張ではあり、その点は木村氏と同調する部分はあるが、なかなかそうはいかないのが「庶民」の性質である。その意味を含めて自分は『国民を「再教育」するのは容易ではない。』と書いた。


とはいえ、この日本の現状は決して悲観するべきものではない。
日本が平和だからこそ、こういう議論が起きるのだから。

投票率に関して言っても、「すぐに変えてもらわなければ生きていけない(生活できない)」という緊急性がないからこそ、庶民(国民)は投票に行かずに日々の充足した生活(趣味など)に費やすのだから。
投票率も50%程度に落ち込むというのは、おそらく、民主主義の成熟した形なのかもしれない。


近代民主主義が興って、まだ100年程度の歴史。つまり、民主主義は歴史的にそれほど長くないわけです。
今、我々は投票率などを含めて、「成熟した民主主義がどのような過程を経ているのか」という生き証人でもあります。
そのことを踏まえた上で、民主主義とは何なのか、というのを考えるのも一興かと思います。


ところで、自分が思うことが一つ。
このBlogを読まれている方は、日本の投票率は何%が適当と思われますか?
(民主主義が根付いた社会≒日本において、という意味です)

自分は、投票率は50%いけば上々、と考えています。
そのうえで、上は何%が適当、下は何%が適当、という議論をマスコミ各社がやるべきだと思っていますが、木村氏もそれについて言及してみてはいかがでしょうか?
自分は高ければいい、という考え方はしておりませんので、念のため。


以上、乱筆乱文でした。
20分で書いたエントリなので、言葉足らずかもしれませんが、その点ご容赦ください。