ある日の出来事
気晴らしに立川でDDRしに逝ったついでに本屋に寄ってみたら、むらむらと衝動買いの発作があらわれて(毎度毎度のことだが…)姜尚中(カン サンジュン)氏の本(タイトル:在日 ふたつの「祖国」への思い)まで購入してしまうという痛恨事をカマしてしまいました。
で、買った後に気づいたのですが、文庫本サイズと思って買ったら実は文庫本サイズよりちょっと大きくて「マジすざけんな」と思わず叫んでしまいました畜生TVでもちょっと痛い(?)存在かと思ってたらこんなところでも迷惑(?)かけやがってでもTVでの発言は芯の通った意見で「この人ちゃんと思想というか哲学持ってるな凡百の論説家と違って好感持てるよでもやっぱり自分とは意見が真っ向から違うよね」という感想を持っておりまして決して貴方の事は嫌いではありませんでもやっぱり文庫本サイズにしなかったのは自分の事嫌いだからだろスマンハードカバーの本と比較したおいらが悪かったでも悔しいから官能小説の隣に並べてやるから覚悟しやがれ(何にだ)っつっても官能小説は恥ずかしいから全部ブックカバーつけてる(笑)から見た目は大丈夫でしょうっつか本の値段が800円ってお前それ実はどこぞに送(以下検閲削除)する為か女に入れ揚げる為に稼ごうとしてるんじゃねーだろなひょっとして朝鮮総連がまとめ買いして配ってたりしません?なんて無粋な事はこれっぽっちも思っておりませんから許してくださいでも本を買ったとゆー事はおいらは客で神様なんだよなってことはお前さんよりおいらの方が上なんだな分かったかこんちくしょうゴメンナサイ嘘です冗談です本気にしないで下さい笑って許してちょんまげ早速神棚に納め…じゃない読ませていただきます今後ともよろしゅうに内容が良ければ他の本も買って読んでみます貴方の身入りにはならない古本でしょうけど新刊は多分大韓民国様の斜め上イベントフラグが立たないと買わないと思いますがそれでもよろしいでしょうかちなみに今回初めて貴方の事を在日と知りましたそれだけで800円の価値はあったカモってそれが結論かオレ?
(ちなみに本のサイズが異なるのは結構重要ごと。本棚のサイズとゆーか並べられている本と大きさが異なるとゆーのはバランスが悪くなる)
で、本を読んだ感想ですが、何と言いますか、「朝鮮人から見た内容だよね」という具合でしょうか。
分量を取っている朝鮮半島の統一ですが、姜氏は「しなければならない(マスト・ビー)」という意見を展開しています。ですがそれは、多分関係国(ぶっちゃけ日本・亜米利加・中国・露西亜)はそれを望まないですよ。
日本に限って言うなら拉致問題が解決すれば後は波風立てずの路線でしょうし(っつかそれが最大の焦点)、また統一されたら経済的にうんぬんで余計な出費を強要されるのが目に見えてますし、その観点から見ると朝鮮半島の統一は「現状では勘弁してくれ」というスタンスでしょう。
突き詰めて言うと、韓国は当事国ではありますが、大国の意向に逆らえるほどの影響力は無いですよ。
韓国は確かに世界的に見ると経済大国ですが、相手が極端なまでに悪すぎます。
また、内に反日・反米・反中、外に親中・親米なんていう露骨な態度を取っているのも大きいです。
姜氏は亜米利加の事を「長期的な戦略を持ってなかったから朝鮮に迷惑をかけた」という論旨を展開してますが、多分亜米利加からみたら「お前に言われたくない」と思ってますよ。太陽政策なんて結局掛け声だけで事実上終わっていますし、6者協議でも脇役の地位に甘んじてますし。
個人的な意見になりますが、隣人たる朝鮮が統一を望むのなら、感情としてそうした方がいいと思います。ですが、国益・国策という観点から見るとそれは少し難しい。何故なら、強烈なまでの反日という点を差し置いても、交渉を前提とする相手国家が「法・慣習に則って行動しない」というのは致命的です。
つい最近、韓国の大統領が亜米利加のライス国務長官に「独島は韓国の領土というのに同調(協力)してほしい」と要請しましたが、それは国際法に則って行動していない―――話すべき「筋が違う」事に他ならない。
インドネシア、マレーシアでは33年に及ぶ裁判で領土問題を解決させてます。帝国主義時代だったら戦争と言う外交手段で解決させている問題です。そういう領土問題を解決するのがハーグ国際裁判所なのですが、
大統領という主権国家のトップに在る人が亜米利加という大国に要請する行為がどのように見られるのか―――そういう所が改まらない限り、朝鮮半島は朝鮮半島以外を国土とする国の意向に振り回されてしまうと思います。
かの福沢諭吉も「学問のすすめ」で『学問をして国民のレベルを上げれば国のレベルも上がる』と書いています。これは歴史が証明した真実です。
無論、国民性というのもあるかもしれませんが、事実、日本は学問に力を入れたからこそ(時こそかかりましたが)不平等条約・関税自主権を粘り強い交渉で乗り切ったといえるでしょう。
それと同じように、本当の意味での「学問」をすれば、いずれは朝鮮人主導で朝鮮半島の統一も成せるはずです。
多分、歴史に学ぶ、という事はそういう事です。
先ほども書きましたが、感情で言うなら、韓国と北朝鮮の同化、いわゆる「統一コリア」を達成するのは自然な成り行きでもありますし、現状でご家族の方が南北を隔てて離れ離れになっているのは心が痛みます。
しかし、それはあくまで感情に過ぎません。また、極端な事を言えば他人事でしかありません。
その上で書くなら、他人事のつらい事には心が傷みますが、それが我が身にかかってくるなら話は変わります。
「統一コリア」が日本の敵―――実質的に敵ではありませんが、「交渉をしようとしない」点から便宜上「敵」と称します―――になるなら、
あなた方朝鮮人が同胞を大事にするのと同様、自分も日本人という同胞を優先して物事を考えます。
それが自然の成り行きであるのは、誰しもが認める事だと思います。
誤解を恐れずに書けば、反日―――それも国旗を燃やし、皇家を侮辱しておきながら(皇太子妃の変質的エログロFLASHなど)朝鮮に対して侮蔑を許さない、という最低極まりない行為―――は注視すべき問題ではないと考えます。
しかし、国際法といった「お互いが認識・遵守すべきルール」に則って行動しようとしないのはさすがに目に余る行為です。
何故ならそれは「住む世界が違う」という認識につながるものですから。
だからこそ、福沢諭吉のいう学問を求め、自国史観あるいは「朝鮮は被害者だ」という認識「しか」推進しない教育―――姜氏の書にもその点が見受けれられるが―――は改めて欲しいと自分は切に願います。
それこそが多分、日本人・朝鮮人(在日含む)を隔てる大きな溝だと自分は考えます。
東西のイデオロギーや「第三国人に象徴される蔑視」が原因ではない。
お互いがお互いの違いを認識出来ない事―――片方向ではなく両方向に必要な認識―――こそ、最大の問題でしょう。
自分は日本に国籍を持つ者であり、韓国・北朝鮮に国籍を持つ者ではありません。
ですので、韓国・北朝鮮に「教育の在り方」をとやかく言える資格も権利も持ちません。
何故なら、それは内政干渉に当たるのだから。
もし、自分の主張―――「教育の在り方」に問題がある―――が正しいものであるとしたら、
両国民の間柄をより良いものにするためには、それぞれの国民あるいは在日の方に代弁してもらうしかない。
それを是非、姜氏にやってもらいたい。
また、日本に言いたい事―――教育などの面において―――があるのなら、それを是非聞かせて欲しい。
そういう互助こそが、お互いのためになるのだから。
自分から見たら、姜氏の主義・主張には同意できない。
しかし、芯の通った思想を持ち、その原理原則を尊ぶ、という一点を鑑みれば、
自分の言葉が正しいのかを本人が正しく判断し、間違い・訂正点を指摘してくれる人である、と推察できる。
それは「信用の置ける」人を意味する。
ここではまさに隣人という言葉が相応しい人に他ならない。
姜氏の本を読んで分かった事は―――あくまで「分かったつもり」でしかないが―――姜氏はやはり朝鮮人という視点から物事を考える傾向にある。
だが、日本で育ち、日本でその生活を営んでいるが故であろう、TVでの発言を見れば「朝鮮から見る歴史背景」と「日本から見た歴史背景」という2つの視点から俯瞰して見る両属性を持っているように見受けられる(やはり朝鮮から見る方にウェイトを置いているようだが)。
著名人の中では最高レベルにあるといっていい。
しかし、何かが足りない。
前々から感じていた事だが、姜氏の「言葉」が自分の心に響かない。
人間として尊敬できる人と自分は判断しているのに。
それは自分と主義・主張の面で合っていないからだろうか。
姜氏が「2つの祖国」を持っているからだろうか。
世代が違うからか。
ならば逃げることはない。
反転してこう言ってみようではないか。
朝鮮半島もわが「祖国」であり、日本もわが「祖国」であると。
失郷者を気取るよりも、あえて嘘でもいいから、そう呼び、自らをそこに一体化させることで逆に国家や民族を突き抜ける回路がないのか、それを探り当ててみよう。
そう思うようになったのである。
(”在日 ふたつの「祖国」への思い” 姜尚中 著作 P23.より引用)
この文面に何かを感じる。
「祖国」に何かを感じる。
「祖国」という言葉の裏に何かを感じる。
しかし、それが何か分からない。
自分にとって、言葉が明確でない。
ニュアンスが伝わらない。
もどかしい。
もう少しなのに。
後少しで、姜尚中という人物を自分なりに把握できるはずなのに。
姜尚中という人物を通して朝鮮を見る事ができるはずなのに。
姜氏と朝まで生テレビなどでよく議論を戦わせている小林よしのり氏の著(漫画)に「台湾論」というのがある。
それには蔡焜燦(さいこんさん)氏の言葉がある。
「あさり」という言葉はそのまま台湾語でホメ言葉になっている!
「あさり」は日本が台湾に残した日本精神(リップンチェンシン)なのだ!
(”台湾論” 小林よしのり 著作 P265.より引用)
書いておくと、姜氏と小林氏はそれぞれ主義・主張が異なっている(自分も両者とは異なっている)
また、引用した書物には、それぞれ「朝鮮」と「台湾」という異なった「国」でもある。
(歴史的な背景に大日本帝国が領土としていたのも象徴的ではある)
「姜氏の書」にある「姜氏の言葉」は自分に響く事なく「朝鮮」という「国」を見渡す事が出来なかった。
「小林氏の書」にある「蔡氏の言葉」は自分に響き「台湾」という「国」を見渡す事が出来た。
この差は一体何だろう。
言葉の重み、と一くくりにするには短絡的に過ぎようか。
結論を書くと、何も学べなかった、と言うのが事実だろう。
慰めにしかならないが、このような考察(のようなもの)の積み重ねが後々に生きる、とポジティブに考えるしかない。
残念な事だ。
そんな事を思ったある日の出来事。
【補足4/17 6:20】
韓国・北朝鮮にとって都合の悪いところといいますか、日本が韓国・北朝鮮にしたいい事をぼかして書いているんですよ。この本では。
意図してぼかしている、しかし読み取れる人には行間を補足して読み取れる、という具合に。ついでに書くと、亜米利加や日本がした悪いところとかはばっちり書いてある。
それを考えると、「この人きっちり商売やってるなぁ誰相手かは知らんけど(笑)」と色んな意味で心底感心しました。それもどうよと(自分の感想について)微妙に思わないではないですが。
【補足終わり。ちなみに没文章から抜粋】