わくたまさんに噛み付いて見よう(嘘)
13Hzで稼動中!のわくたまさんは「政教分離」というスタンスから、いわゆる公職に就いている方々の靖国参拝は反対、との事。
政教分離という考え方は自分も『消極的に』賛成だけれども、靖国神社への参拝がそれにあたるか、となると自分はそう思っていない。そもそも、靖国神社は戦没者の慰霊が祀られている場所で、宗教色はまるでない。
靖国神社で行う儀礼はたった2つ。
お賽銭を入れてお祈りする事、または本殿に上がって行う二礼・二拍手・一礼のみ。
ちなみに、泥酔者や危険物を持ち込まない限り、夏目漱石様か野口英世様程度を寄付すれば靖国神社では拒まず、本殿に上がってお祈りする事が出来る(日本人ないし縁のある人しか行かないだろうが)
別に戦没者の遺族でなくても、である。
簡単に整理すると、靖国神社に祭神は無い。
第二次世界大戦や日露戦争などの戦没者を「神」として祀っている、と言えるかもしれないが、祈り方と言おうか、祀り方はそれこそ「御神体の無い神社」と同様、そこにある「神(戦没者)」、民俗学的に言うと「八百万の神」を祀っている。戦没者の誰々、ではなく、戦没者を「個別に」ではなく「全体的」に祀っている。
ちなみに戦没者のリストは厚生労働省が管轄しており、靖国神社は一切管理していない。
また、宗教に必須といえる教えも無い。経典も無い。何も神について語る事無く教える事無く、手を合わせて祈るだけ。祈り方にも各人によってまちまちで、通常儀礼といえる二礼・二拍手・一礼すら守る必要は無い。
明確なルール無しで個人個人が思っている事を(神社で)やるのが宗教だ、と言われたら、それはどうよ、と自分は言うしかない。そんな安上がりな宗教って便利だね、と肩をすくめる以外、何のリアクションも取れやしない。
話を戻して、わくたまさんの言っている事に自分なりの注釈(?)を付けて見よう。
>さて、以前にもいったとおり、私は靖国神社の参拝に断固反対です。
>私は政教分離の強行派ですし、実のところ、
>政治が思想に関与する事全てを認めないという考え方ですから
靖国神社は厳密に言って宗教とは関係無い。遺骨もなく、戦没者のリストも無い。「何も無い空間」に向かって祀られている戦没者を祈っているだけだ。
ただ「神社」と銘打っているのと、広義的に神道の形で祭りを取り仕切っているので勘違いされやすい。
政治が思想に関与する事全てを認めない、とするのははっきり言って難しい。そもそも、意思を持った人間には思想というものは存在する。
簡単に言うと、保守や革新の2点。現状を維持しようとする保守、現状を打破しようとする革新。あまりにも簡単すぎる区分けのうえ誤解を受けかねないけれども、こういう行動スタンスによって政治の方向性を決める事になるからだ。
無論、妙な思想に関与されたら困る。某サリンを撒いた宗教団体に染まってしまわれたら言葉通り「逝ってヨシ」になる。まぁそこまで視野狭窄を起こしてしまえばシューキョーに逝きついた爆弾野郎に墜ちてるわけで、そんな連中は道場ではなく刑務所の中か佐渡島で金山掘りに従事させてしまえばよい。
とはいえ、一般的な宗教も若干必要な部分がある。人間とはキリスト教や仏教などの宗教的規範、要は道徳・常識に基づいて行動するからだ。そういった意味では宗教は必要であろう。ただ、宗教が政治に関与した場合、歴史的にロクな目に合ったことが無い。
道鏡の場合は政治に関与した、のではなく称徳天皇に振り回された感が強いので例外となるが、
日本では、もともと宗教は国が庇護(扶養)して五穀豊穣・国家安泰を祈ってね、というものだったが、僧兵が武器持って朝廷を脅して「天変地異が起きる前兆があります、それを治めるためにお金下さい、出さないと強訴(乱暴)するぞ」と無茶な三段論法で実際で大暴れしたし、
中国にも「出家する」といって本気で出家した皇帝を還俗させるのに身代金を何回も支払わせた大馬鹿野郎もいるし、
殊に十字軍は宗教の起こした狂気を指し示す際たるものだろう。
その点を踏まえれば、アメリカのように「キリスト教以上の優遇措置を与えない」と線引きしたうえで(現行の税法上の優遇程度に抑えた上で)
参政権(選挙権・被選挙権など)に制限を加える程度は必要になりますか。人権うんぬんで騒ぎ立てるお歴々が脳裏に浮かぶのはさておいて、「税金でイイ思いさせてるんだから政治にクチだすな、だったら税金を普通に支払え」とか。ま、そこまで書くほどのものではないのでこの部分は読み流してくらはい。
>まぁいろいろ考えましたが、私自身が自由主義的な考え方を重視していますので、
>これを突き詰めて「私人としてならば靖国参拝は認められる」という結論になりました。
>つまりは、
> 1.首相の私人としての思想の自由を尊重する
>そして、
> 2.法的・政治的に個人の思想は制限されてはいけない
>ということです。まぁ、今から反論の幻聴が聞こえてきますが(笑、
>リベラリストも納得できる落としどころはこの辺だろうと、私は思います。
この2点については、リベラリスト云々はさておいて、概ねその通りでしょう。もっとも、自分としては公人・私人という区分けには意味が無いように思うのですが。
まぁ公人=公務として考えるなら「他に仕事あるだろ」と突っ込みを入れますけど(石原都知事とか)。
で、以下はFAQ形式の内容を。
>● 靖国参拝は公的なものか?
>はい。公正妥当に考えて、職務行為と判断されるべきです。
>
>● 私的な立場で参拝すれば問題ないのか?
>はい。問題ないと考えます。
1.2共に議論の無駄。
自分としては、公的も私的も無いと考える。というより、その区分けそのものがおかしい。
靖国参拝自体は本来、公務とは関係無いはずで、参拝したか参拝しなかった、の論点で語るべき。
公的だろうと私的だろうとその人の「為人(ひととなり)」を表す一端でしかない。
>● 伊勢神宮参拝はよくて、靖国参拝がダメなのはおかしい
>いいえ。そもそも伊勢神宮参拝が合憲であるなどという判断が出た記憶がないのですが?
論点が不明。
伊勢神宮にせよ靖国参拝にせよ、宗教的な色彩は強くないし、また、宗教だから行くのはけしからん、という無茶な展開の仕方に疑問が出て来る。
宗教にかぶれるのは悪い、という展開の仕方はわかるけど、参拝自体に宗教的な意義を見つけようとする魂胆が分からない。
>● 靖国神社参拝は宗教行事ではない。政教分離に反しない。
>いいえ。何しろ、神社ですから。その上、靖国神社は特定の宗教法人です。
政教分離に反していない。
確かに靖国神社は宗教法人である。
だが、日本では宗教という言葉が曖昧で「八百万の神」と言う言葉に象徴されるとおり、何でも神様にする国民性を持つ。その一事をもって全て「忌避すべき」宗教とするのは問題があろう。
>● 靖国参拝の代わりに、宗教行為とは切り離したイベントを国が行うべき
>いいえ。それを税金で行うべきメリットがありません。
>
>● A級戦犯を分祀して靖国参拝を国の行事にすべき
>いいえ。政教分離の問題が全く解決していません。また、
>靖国神社に対して国が「A級戦犯を分祀しろ」と言うのは筋違いであると思います。
1.国家事業として行う必要は無い
2.分祀の必要は無い
靖国参拝の変わりになる行為は本質的に無い。よしんばあったとしても、祭事は宗教的になるのが当たり前である。
というより、宗教的なものから祭事の方法や目的が組まれる。問題を逆にしてしまうその馬鹿馬鹿しさには目も当てられない。
A級戦犯だろうが普通の(?)戦没者だろうが、靖国神社に祀られているのは自縛霊じゃないだから、分祀できるはずも無い。そもそも、靖国神社にはそういう物質的なものが存在していないんだから、最初から出来ない相談だ。
現行のままで充分。
>● 他の国は靖国参拝のようなことを公的にやっている
>それは何処の下等国家ですか?もしかしてその国家は、
>変に偏った思想教育をしたり、法律で文化・思想の流通を制限したりしていませんか?
「ようなこと」ではなく、靖国神社のようなものが存在していない
靖国神社のようなものは無い。
だが、アメリカには靖国神社に似ているともいえる、アーリントン国立墓地がある。アメリカ大統領がそこを訪れる事はめったに無いが、そこには様々な宗教体系を用意しており、キリスト教はもちろん、仏教の埋葬方法も用意されており、各人の宗教に合わせて葬儀を行っている。
そもそも「魂を祀る」という感覚は日本特有のものだ。キリスト教圏では墓に遺体を埋め、そこを聖地として、それ以外の場所では祈る・祀る事はしない。ところが日本では、お墓で祈り、仏壇に祈り、位牌に祈る。魂は何処にでも宿っている、という八百万の神信仰のためだ。そういった意味では、この論点が吹き出る時点で怪しいと考えざるを得ない。
>● 中国・韓国の意見を聞くべき
>否定はしません。国際協調は大切です。しかし最終的には、日本独自に結論を出すべき問題でしょう。
>他国の意見を参考にするのはよいですが、それを絶対視して結論を出す必要はありません。
意見を聞く必要が無い。常識的に考えても、激しく内政干渉という馬鹿馬鹿しさここに極まれりで、話にならない。
だったら高度経済成長で公害垂れ流しまくって日本に激しく迷惑行為を働いていたり、
事後立法で前大統領様御一行に臭いメシを食べさせる韓国様の素晴らしき行為やら、
日本としてもすごい勢いで言いたい事あるんですが。</font>
>● 戦争の歴史を反省する意味でも靖国参拝を止めるべきだ
>いいえ。靖国参拝を止める理由はあくまで政教分離の原則に基づいてであるべきです。
血管ブチ切れそうな勢いで必要ない、と書いておく
っつーか誰だ、そんな阿呆な事言った大馬鹿野郎様は。
戦争の反省とはそもそも何か。第2次世界大戦で帝国主義の終焉を迎えたことがそんなにイヤか。強者の理論、ジャイアン理論が通用するあの時代が良かったというのか。収奪する側と収奪される側に分けられた時代がよかったと言うのか。日本はそのどちらでもなかったが。
言いたい事は分かる。だが、歴史というものはブツ切りにして見るものではなく、全体的に見るべきものだ。だから、1つだけ書いておこう。
第2次世界大戦前と現在の世界地図を見比べて「国名」を比べて見ろ。それが第2次世界大戦で日本が300万人の命を失って得た代償だ。
死ヌる程長くなりました。
次回(あるなら)そのときに続きを書きます。
最後に書いておきますが、決してわくたまさんを悪し様に言っているわけではありません。念のため。
政教分離という考え方は自分も『消極的に』賛成だけれども、靖国神社への参拝がそれにあたるか、となると自分はそう思っていない。そもそも、靖国神社は戦没者の慰霊が祀られている場所で、宗教色はまるでない。
靖国神社で行う儀礼はたった2つ。
お賽銭を入れてお祈りする事、または本殿に上がって行う二礼・二拍手・一礼のみ。
ちなみに、泥酔者や危険物を持ち込まない限り、夏目漱石様か野口英世様程度を寄付すれば靖国神社では拒まず、本殿に上がってお祈りする事が出来る(日本人ないし縁のある人しか行かないだろうが)
別に戦没者の遺族でなくても、である。
簡単に整理すると、靖国神社に祭神は無い。
第二次世界大戦や日露戦争などの戦没者を「神」として祀っている、と言えるかもしれないが、祈り方と言おうか、祀り方はそれこそ「御神体の無い神社」と同様、そこにある「神(戦没者)」、民俗学的に言うと「八百万の神」を祀っている。戦没者の誰々、ではなく、戦没者を「個別に」ではなく「全体的」に祀っている。
ちなみに戦没者のリストは厚生労働省が管轄しており、靖国神社は一切管理していない。
また、宗教に必須といえる教えも無い。経典も無い。何も神について語る事無く教える事無く、手を合わせて祈るだけ。祈り方にも各人によってまちまちで、通常儀礼といえる二礼・二拍手・一礼すら守る必要は無い。
明確なルール無しで個人個人が思っている事を(神社で)やるのが宗教だ、と言われたら、それはどうよ、と自分は言うしかない。そんな安上がりな宗教って便利だね、と肩をすくめる以外、何のリアクションも取れやしない。
話を戻して、わくたまさんの言っている事に自分なりの注釈(?)を付けて見よう。
>さて、以前にもいったとおり、私は靖国神社の参拝に断固反対です。
>私は政教分離の強行派ですし、実のところ、
>政治が思想に関与する事全てを認めないという考え方ですから
靖国神社は厳密に言って宗教とは関係無い。遺骨もなく、戦没者のリストも無い。「何も無い空間」に向かって祀られている戦没者を祈っているだけだ。
ただ「神社」と銘打っているのと、広義的に神道の形で祭りを取り仕切っているので勘違いされやすい。
政治が思想に関与する事全てを認めない、とするのははっきり言って難しい。そもそも、意思を持った人間には思想というものは存在する。
簡単に言うと、保守や革新の2点。現状を維持しようとする保守、現状を打破しようとする革新。あまりにも簡単すぎる区分けのうえ誤解を受けかねないけれども、こういう行動スタンスによって政治の方向性を決める事になるからだ。
無論、妙な思想に関与されたら困る。某サリンを撒いた宗教団体に染まってしまわれたら言葉通り「逝ってヨシ」になる。まぁそこまで視野狭窄を起こしてしまえばシューキョーに逝きついた爆弾野郎に墜ちてるわけで、そんな連中は道場ではなく刑務所の中か佐渡島で金山掘りに従事させてしまえばよい。
とはいえ、一般的な宗教も若干必要な部分がある。人間とはキリスト教や仏教などの宗教的規範、要は道徳・常識に基づいて行動するからだ。そういった意味では宗教は必要であろう。ただ、宗教が政治に関与した場合、歴史的にロクな目に合ったことが無い。
道鏡の場合は政治に関与した、のではなく称徳天皇に振り回された感が強いので例外となるが、
日本では、もともと宗教は国が庇護(扶養)して五穀豊穣・国家安泰を祈ってね、というものだったが、僧兵が武器持って朝廷を脅して「天変地異が起きる前兆があります、それを治めるためにお金下さい、出さないと強訴(乱暴)するぞ」と無茶な三段論法で実際で大暴れしたし、
中国にも「出家する」といって本気で出家した皇帝を還俗させるのに身代金を何回も支払わせた大馬鹿野郎もいるし、
殊に十字軍は宗教の起こした狂気を指し示す際たるものだろう。
その点を踏まえれば、アメリカのように「キリスト教以上の優遇措置を与えない」と線引きしたうえで(現行の税法上の優遇程度に抑えた上で)
参政権(選挙権・被選挙権など)に制限を加える程度は必要になりますか。人権うんぬんで騒ぎ立てるお歴々が脳裏に浮かぶのはさておいて、「税金でイイ思いさせてるんだから政治にクチだすな、だったら税金を普通に支払え」とか。ま、そこまで書くほどのものではないのでこの部分は読み流してくらはい。
>まぁいろいろ考えましたが、私自身が自由主義的な考え方を重視していますので、
>これを突き詰めて「私人としてならば靖国参拝は認められる」という結論になりました。
>つまりは、
> 1.首相の私人としての思想の自由を尊重する
>そして、
> 2.法的・政治的に個人の思想は制限されてはいけない
>ということです。まぁ、今から反論の幻聴が聞こえてきますが(笑、
>リベラリストも納得できる落としどころはこの辺だろうと、私は思います。
この2点については、リベラリスト云々はさておいて、概ねその通りでしょう。もっとも、自分としては公人・私人という区分けには意味が無いように思うのですが。
まぁ公人=公務として考えるなら「他に仕事あるだろ」と突っ込みを入れますけど(石原都知事とか)。
で、以下はFAQ形式の内容を。
>● 靖国参拝は公的なものか?
>はい。公正妥当に考えて、職務行為と判断されるべきです。
>
>● 私的な立場で参拝すれば問題ないのか?
>はい。問題ないと考えます。
1.2共に議論の無駄。
自分としては、公的も私的も無いと考える。というより、その区分けそのものがおかしい。
靖国参拝自体は本来、公務とは関係無いはずで、参拝したか参拝しなかった、の論点で語るべき。
公的だろうと私的だろうとその人の「為人(ひととなり)」を表す一端でしかない。
>● 伊勢神宮参拝はよくて、靖国参拝がダメなのはおかしい
>いいえ。そもそも伊勢神宮参拝が合憲であるなどという判断が出た記憶がないのですが?
論点が不明。
伊勢神宮にせよ靖国参拝にせよ、宗教的な色彩は強くないし、また、宗教だから行くのはけしからん、という無茶な展開の仕方に疑問が出て来る。
宗教にかぶれるのは悪い、という展開の仕方はわかるけど、参拝自体に宗教的な意義を見つけようとする魂胆が分からない。
>● 靖国神社参拝は宗教行事ではない。政教分離に反しない。
>いいえ。何しろ、神社ですから。その上、靖国神社は特定の宗教法人です。
政教分離に反していない。
確かに靖国神社は宗教法人である。
だが、日本では宗教という言葉が曖昧で「八百万の神」と言う言葉に象徴されるとおり、何でも神様にする国民性を持つ。その一事をもって全て「忌避すべき」宗教とするのは問題があろう。
>● 靖国参拝の代わりに、宗教行為とは切り離したイベントを国が行うべき
>いいえ。それを税金で行うべきメリットがありません。
>
>● A級戦犯を分祀して靖国参拝を国の行事にすべき
>いいえ。政教分離の問題が全く解決していません。また、
>靖国神社に対して国が「A級戦犯を分祀しろ」と言うのは筋違いであると思います。
1.国家事業として行う必要は無い
2.分祀の必要は無い
靖国参拝の変わりになる行為は本質的に無い。よしんばあったとしても、祭事は宗教的になるのが当たり前である。
というより、宗教的なものから祭事の方法や目的が組まれる。問題を逆にしてしまうその馬鹿馬鹿しさには目も当てられない。
A級戦犯だろうが普通の(?)戦没者だろうが、靖国神社に祀られているのは自縛霊じゃないだから、分祀できるはずも無い。そもそも、靖国神社にはそういう物質的なものが存在していないんだから、最初から出来ない相談だ。
現行のままで充分。
>● 他の国は靖国参拝のようなことを公的にやっている
>それは何処の下等国家ですか?もしかしてその国家は、
>変に偏った思想教育をしたり、法律で文化・思想の流通を制限したりしていませんか?
「ようなこと」ではなく、靖国神社のようなものが存在していない
靖国神社のようなものは無い。
だが、アメリカには靖国神社に似ているともいえる、アーリントン国立墓地がある。アメリカ大統領がそこを訪れる事はめったに無いが、そこには様々な宗教体系を用意しており、キリスト教はもちろん、仏教の埋葬方法も用意されており、各人の宗教に合わせて葬儀を行っている。
そもそも「魂を祀る」という感覚は日本特有のものだ。キリスト教圏では墓に遺体を埋め、そこを聖地として、それ以外の場所では祈る・祀る事はしない。ところが日本では、お墓で祈り、仏壇に祈り、位牌に祈る。魂は何処にでも宿っている、という八百万の神信仰のためだ。そういった意味では、この論点が吹き出る時点で怪しいと考えざるを得ない。
>● 中国・韓国の意見を聞くべき
>否定はしません。国際協調は大切です。しかし最終的には、日本独自に結論を出すべき問題でしょう。
>他国の意見を参考にするのはよいですが、それを絶対視して結論を出す必要はありません。
意見を聞く必要が無い。常識的に考えても、激しく内政干渉という馬鹿馬鹿しさここに極まれりで、話にならない。
だったら高度経済成長で公害垂れ流しまくって日本に激しく迷惑行為を働いていたり、
事後立法で前大統領様御一行に臭いメシを食べさせる韓国様の素晴らしき行為やら、
日本としてもすごい勢いで言いたい事あるんですが。</font>
>● 戦争の歴史を反省する意味でも靖国参拝を止めるべきだ
>いいえ。靖国参拝を止める理由はあくまで政教分離の原則に基づいてであるべきです。
血管ブチ切れそうな勢いで必要ない、と書いておく
っつーか誰だ、そんな阿呆な事言った大馬鹿野郎様は。
戦争の反省とはそもそも何か。第2次世界大戦で帝国主義の終焉を迎えたことがそんなにイヤか。強者の理論、ジャイアン理論が通用するあの時代が良かったというのか。収奪する側と収奪される側に分けられた時代がよかったと言うのか。日本はそのどちらでもなかったが。
言いたい事は分かる。だが、歴史というものはブツ切りにして見るものではなく、全体的に見るべきものだ。だから、1つだけ書いておこう。
第2次世界大戦前と現在の世界地図を見比べて「国名」を比べて見ろ。それが第2次世界大戦で日本が300万人の命を失って得た代償だ。
死ヌる程長くなりました。
次回(あるなら)そのときに続きを書きます。
最後に書いておきますが、決してわくたまさんを悪し様に言っているわけではありません。念のため。