納税者が大人しいのは税法に問題があるからでは? | 孤独が好きな寂しがりやBlog

納税者が大人しいのは税法に問題があるからでは?

【補足11/19 18:45】
週刊!木村剛Blog様
世界一おとなしい納税者(カモ)
スマン、元ネタにリンク貼るの忘れてた(汗)
【補足終わり】

もともと日本社会は「シープ・ソサエティ(羊の社会)」と言われている。これは「お上には従うよ」という殿様をありがたがる国民性がモノを言っている。
税制上、それを利用して出来たのが「年末調整」制度だ。

これは戦後、アメリカ側が(会社による)年末調整ではなく自己申告させるべきだ、と日本政府側に言ったのだけれど、これを日本側が突っぱね、結果として年末調整が一般化させてしまった。
つまり「国民に楽をさせよう」≒「税制を国民が知らなくてもいいじゃないか」という一種のサービスかつ愚民化政策ではある。

また、源泉徴収も戦中に施行されている。これは国民が得た収入に手早く税金を納めさせる手法だ。そもそも税法上、税金(税率)は年収で決まるため、本来は月単位で行うべきではないのだが、長きに渡った戦争出費に充てるため、とっとと税金を徴収しなければいけなかった国家財政の都合もあった。
ところが、この源泉徴収制度は給与所得者の「完全補足」が可能なためであろう、現在も利用されている。

年末調整の幻影でよく言われるのが「12月にいくばくかお金が戻ってくるよ」というものだ。これは実は税金を払いすぎているために起きている逆転現象ともいえるのだが、国民から見たら「税金が戻ってきたよかったね」という素直な感情に還元される。もともとそれだけの税金を納める必要はなかっただけなのだが…。


日本では給与所得者、いわゆるサラリーマンの数が最も多い。その上で、源泉徴収制度で税収がいくら入るか、という予想も立てやすい税法システムを構築している。また、年末調整で「国民が税法を知ろうともしない」サービスを提供している。
税金を取るだけ取ろう、という意味においては、木村氏の言っている「国民はその気になれば国民のカネをネコババする?」という主張もあながち間違いとは言えないだろう。


だが、電話加入権の暴落に関してはその主張は受け入れがたい。確かに10年がほど前までは電話加入権を「普通に買う」のが一般的であった。
ところが時代というのは移り変わるもので、ここ数年で電話加入権を「その筋の業者から安く買う」事が出来る。賢い消費者はそちらを利用し、(頭が悪いと言う意味ではない)世情に疎い消費者は高い電話加入権を買ってきた。それがここ数年ほど続いていた。
これはつまり、電話加入権のシステムが崩壊しているのを示唆している。それを把握しているか把握していなかったか、の違いだけだ。

他にも、携帯電話・PHSの隆盛の影響もある。自宅にインターネット回線を引かない消費者にしてみれば、わざわざ電話加入権を買ってまで自宅に電話を置こうとしないだろう。
自分が携帯電話を購入したのが7年前だが、当時から見ても電話加入権は高すぎた。そこで市場を見渡せば携帯電話という代替機(?)がある。携帯電話の初期投資が25000円程度。
固定電話が75000円、携帯電話が25000円。月額固定費も両方ほぼ変わらず、着信がメインの消費者。
この状況であれば、誰も好き好んで固定電話にしようとしないだろう。しかも固定電話だと新しく電話機を買わなければいけないのだし、携帯電話にはわずかながら無料通話分が存在していたのだから。

電話回線に限らず、郵便・宅配システムや無線電波(TVやラジオ)といった事業は当初、国家事業として行う必要があった。これは大きな組織がフォーマットを作る必要があったからだ。
ところが時代の移り変わりを俯瞰してみれば、国家事業であったそれらが一般市場(民間)に委託され、規模を大きくしたりサービスの向上、価格低下を実現してきた様を我々は見る事が可能だ。つまり国家がやっている(やってきた)事だから価値変動はしないよね、という思考はそもそも有り得ない。

というより、今更電話加入権が暴落したからと言って、とやかく言う筋合いは誰もいない。加入権という「権利」と考えるから間違っているのであって、インターネットで使うPC、CS/BSを見るためのチューナー、として考えるべきだろう。諦めが良すぎる、と言われるかもしれないけど。


で、本題に戻すと、国家は国民からネコババできるか、と言われればシステム的に可能である。国家は行政であって、税法を書き換える、ないし作る側なのだから。
また、財政的にもしなければならない立場におかれている。


国債。すでに尋常ではない額(483兆円)となっており(参考リンク)、10年分の税収分を国債で発行(借金)している。その元利払いは17.6兆円(参考リンク)。
もはやネコババというより収奪する勢いでないと、国家財政は破綻しかねない。

また、ちょこちょこ言われている消費税。現在は5%だけれども、将来的には15%、下手すれば20%近くまで上昇するだろう。税収と出費のバランスが崩れ、国家財政が破綻しかけているからだ。


こういった国民の出費を強いる政策が出てきたら海外では非難轟々政治討論が起こる。通常は。
ところが、日本国民は一種「あきらめのいい」国民である。為政者から見たらとても有難い国民だろう。消費税の施行(3%)のときは大荒れしたが、特に暴動といったレベルまで起きなかった。せいぜい施行前に買いだめした程度だ。5%に上がった時も同じだった。
医療費負担割合が3割になったときも同様、一部で非難轟々の嵐だったが、特に何も起きなかった。少なくとも政治レベルにおいては。

もっとも、すでに記憶の彼方から消えかかっていた国民福祉税(だったっけ?)を7%にしよう、と某首相が言い出したときには首相が辞める事態にまで陥っている。おそらく、政治レベルで根回しをしなかったのが原因だろう。あの当時は国民ではなくむしろ政治家の間で非難轟々の嵐だったと記憶している。


ネコババ云々の話は置いといて、正直なところ国家財政は非常に拙いレベルまできている。「団塊の世代の尻拭いを~」という主張はわからないではないが、税法、すなわち政策について「こうすべきだ」ないし「ここはおかしいんじゃないか」と国民は主張すべきなのだ。日本は国民主権で、政治家に主権があるのではなく、国民に主権があるのだから。そういった事を主張せずに「ふざけんなバーカ」と言うのはいささか短絡的であろう。

せめて「各官庁が予算を100%使わなければならない、という姿勢は有り得ないだろう。だから赤字額が尋常じゃない額になっているんじゃないか」という事くらいは主張して欲しいな~とささやかに思う自分がここに一人。


っつーかなんで電話加入権について書き始めたのに、税法やら主権がどーたらとかまで書き綴ったのだろう、自分は?