ピーター・ドラッカーは「知識ある人の責任」について、こう述べている。
知識ある者は、常に理解されるように努力する責任がある。素人は専門家を理解するために努力すべきであるとしたり、専門家はごく少数の専門家仲間と話ができれば十分であるなどとするのは、野卑な傲慢である。
大学や研究所の内部においてさえ、残念ながら今日珍しくなくなってきているそのような風潮は、彼ら専門家自身を無益な存在とし、彼らの知識を学識から卑しむべき衒学に貶めるものである。
衒学者(げんがくしゃ、英語pedant)とは、論理の形式、厳密性、正確性などに過剰にこだわったり、学識をひけらかし、傲慢な態度を見せるような人物のこと。