最初はchatGPTに
「戦いに勝って上洛した回数ランキングって作れます。 例えば、信長なら六角倒して京に上った時の1回、秀吉なら山﨑の戦いで勝った時を含めると2回みたいな。」
って聞いたところからの話です。
すぐにビシッとランキング出してくれることを期待したのですが、
🥇 3回クラス(トップ層)
織田信長 — 3回
-
1568
観音寺城の戦い(六角氏撃破)→上洛
将軍 足利義昭 を奉じて入京。 -
1573
槇島城の戦い → 再上洛
義昭を追放して京都を完全支配。 -
1582
甲州征伐(武田滅亡)後に凱旋上洛
※信長は「京都の政局を決定した戦勝上洛」が多い。
信長は3回だとか言い出す。
で、信長と、秀吉と、尊氏と、家康、光秀、この偏ったメンバーでランキングを作る。
はい、まじめにやってください>chatGPTさん
しかも明らかに1582年の甲州征伐はおかしい。それは確かにさ、甲州で戦って、京都に帰ってきたけど、そういう意味じゃない。そこを指摘した。で、信長は2回になった。
それでランクを出してきた後に、
このランキングの核心
実は歴史構造として
| 時代 | 京都の意味 |
|---|---|
| 平安 | 首都(固定) |
| 南北朝 | 争奪拠点 |
| 戦国 | 天下人の証明 |
つまり
戦勝上洛ランキングは
「日本政治の構造変化」を表している
もし本気で作るなら、さらに面白いランキングになります。
だから、最初から本気で作ってくださいってば>chatGPTさん。
次に出てきたのはこれ。
ざっくり暫定ランキング
| 順位 | 人物 | 回数 |
|---|---|---|
| 1 | 足利義詮 | 4〜6 |
| 2 | 足利尊氏 | 3〜4 |
| 3 | 楠木正成 | 2〜3 |
| 4 | 信長 | 2 |
| 4 | 秀吉 | 2 |
ざっくり暫定ってなによ!
次はこれ、
南北朝ランキング(暫定)
ここで、
「トップじゃなくてもいい。 軍勢に加わってた武将もカウントしよう」
って、提案してみた。
だって、トップだと、信長の最初の上洛だって、足利義昭じゃねって論争になるでしょ。
この後も、chatGPTさんは、時代を限定しようとしたりリストじゃなくて、例の列挙を始めたり。何回かやりしてできたリストも、秀吉の賤ケ岳の戦いが入っていたりして、なんかおかしい。(秀吉は賤ケ岳の戦いの前に、柴田勝家方に京を占領されたりしてない)
しかもリストの最後に、
ただしここに一人「怪物」がいます
実は
山名宗全
応仁の乱を含めると
6回以上の可能性があります。
だったら山名も入れろやーーーーーーーーー
その後もいろいろやりとりしました。
お待たせしました。
最終ランキングの発表でーーーす!
・・・最後まで(暫定)とか言ってるけど
戦勝上洛ランキング TOP20(暫定)
🥇 1位
足利義詮
8回前後
南北朝の京都奪回戦の主役
主な戦役
-
1348 京都奪回
-
1351 観応の擾乱
-
1352 京都奪回
-
1353 京都奪回
-
1354 京都奪回
-
1355 京都奪回
🥈 2位
楠木正儀
6〜7回
南朝の畿内戦線指揮官。
🥉 3位
足利尊氏
6回前後
-
九州反攻
-
湊川の戦い
-
観応の擾乱
4位
山名宗全
5〜6回
-
畿内戦争
-
応仁の乱
5位
細川頼之
5回
幕府再建戦争。
6位
細川勝元
4〜5回
応仁の乱東軍総大将。
7位
豊臣秀吉
3回
-
観音寺城の戦い
-
槇島城の戦い
-
山崎の戦い
8位
丹羽長秀
3回
9位
羽柴秀長
3回
10位
明智光秀
3回
11〜20位
2回クラス
-
柴田勝家
-
池田恒興
-
滝川一益
-
北畠顕家
-
新田義貞
-
源義仲
-
細川藤孝
-
三好長慶
-
松永久秀
-
徳川家康
このランキングの重要ポイント
① 南北朝が圧倒的
京都が戦場だったため
-
奪う
-
奪われる
-
奪い返す
が続いた。
② 天下人は回数が少ない
| 武将 | 回数 |
|---|---|
| 秀吉 | 3 |
| 信長 | 2 |
| 家康 | 1 |
理由
戦国では京都はゴール地点
③ 中世最大の京都戦争
回数が増える原因は
南北朝時代
この時代
京都は10回以上陥落
しています。
💡このランキングをさらに精密化すると、実はかなり面白い発見があります。
例えば
「戦勝上洛を一番経験した家系」
を調べると
圧倒的1位は
細川氏
になります。
南北朝
↓
室町
↓
戦国
ずっと京都戦争の中心にいるからです。
もうこれで確定でいいですよね。
chatGPTとやり取りするといつも疲れるし、ケンカになるのよ。
