「ユニクロ」のようなファストファッションと、「ルイ・ヴィトン」のような高級メゾンとに二極化するアパレル業界の中で、モードの正統を踏まえながら、独自の世界観とビジネスで快進撃を続けるのが「sacai-サカイ-」。今、日本で最も注目されているブランドと言っても過言ではない。そんな「sacai-サカイ-」とデザイナー阿部千登勢の人をひきつける人間力に迫ってみる。

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sacai サカイ


sacai(サカイ)は日本のを代表するファッションブランド。ブランド名である「sacai」はデザイナーである阿部千登勢(あべちとせ)の旧姓より名付けられた。
ブランドコンセプトは「日常の上に成り立つデザイン」。スタンダードなものを大切にしながら、エレガントな要素を加え、またクラシックなアイテムにひねりを加えることで、sacaiの考えるエレガントな「ニュースタンダード」を表現。

ブランドの開始当初はニットを使用したアイテムが多くを占めていた。ニットは現在でもsacaiの特長の1つであるが、よりバリエーションが増えている。適正な価格でクオリティを高く維持。毛玉のできる商品が分かると、すぐに自己負担で回収するなど品質に徹底的なこだわりを持つ。

sacaiの異質な素材の組み合わせ、独特なシルエット、細かい部分に技術、アイデア、工夫を凝らしたデザインなど、よく見ると確かに分かる拘りが強く支持されている。

今ではニットとシルクなど異素材を組み合わせた独自のデザインで絶大な人気を誇り、東京を始め、ニューヨーク、パリ、ロンドンなどのセレクトショップでも取り扱われている。また近年では中国や台湾、シンガポールなどのアジア圏でも人気を集めている。現在メンズ、ウイメンズ、リラックスウェアのsacai luck(サカイラック)の3ラインを展開している。

 

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sacaiのブランドコンセプト

sacaiのコレクションは、「着たいものを、着たい時に、着たいように着る」という阿部の考えを体現している。ニットと微細な織素材などといった対照的なテクスチャのファブリックの組み合わせ、パターンを再解釈するテクニックを通して、ハイブリッドの発想を組み込みながら洋服を予想外のフォルムとシルエットに変形させる。コレクションがフェミニンな様相を呈す一方、阿部の関心は、独特で普遍的、革新的で実験的な洋服作りに傾倒し続けている。自身をとりまく日々の生活や周囲の人々を観察することによりインスピレーションを受け作られるコレクションは、ベーシックでクラシカルなアイテムを崩し変形しながら、独特のエレガンスを放つ。特定の機会に留まらず、日々のさまざまな場面において成立する「日常の上に成り立つデザイン」をコンセプトに置く。

 

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阿部千登勢のプロフィール

【阿部千登勢(あべ ちとせ)】

1965年11月9日生まれ。岐阜県中津川市出身。
父は会社員という家庭だったが、器用な母は近所の洋品店から頼まれて、オリジナルデザインの服を作っていたため、ミシンが日常的にある環境で育つ。
小学生のときは「ドゥファミリィ」が大好きで、中学では東京・原宿の「ミルク」がお気に入り。

高校時代から人と同じ格好というのが好きではなく、コム デ ギャルソンに、デプトストアで買った古着を合わせるなど、目立つことは好きだったと語っている。

そういったファッションに対するこだわりを持ちながらも、勉学にも手を抜くことは無く努力したとも言う。彼女の中に、「努力するのが美徳だ!」という確固とした基準があったようだ。妥協のないコレクション製作も子供の頃から繋がっていると言える。

高校卒業後、東京の文化服装学院を希望していたのだが両親の反対にあい、名古屋ファッション専門学校服飾科に入学。
1987年、名古屋ファッション専門学校服飾科卒業後、「ワールド」に入社。ちなみに入社面接では自分で作った服を着用。黒いジャージ素材で作ったジャンプスーツで、ジッパーの間からレースのフリルがのぞいているもの。それに白い靴を合わせた奇抜なスタイルで臨んだと話す。ワールドでは「スチェッソ」というブランドのデザインを担当。環境には満足していたが、阿部にはどうしても気になることがあった。それは、コム デ ギャルソンのオフィスからランチに出ていく人たちだった。白いシャツにモノトーンのボトムスという出で立ちは阿部の心を揺さぶった。
川久保玲(コム デ ギャルソンのオーナーデザイナー)は、阿部の学生時代からのカリスマであったことも含め、そんなブランドで働くスタッフの姿を見ているうちに、「どうしてもあそこに加わりたい」という気持ちが、抑えきれなくなった。あるとき「カットソーのパターンカッターだったら募集しているよ」という話を聞きつけて、「よし、受けよう」と決心。
1989年、COMME des GARCONS(コムデギャルソン)に入社することとなった。パタンナー、ニットウエアの企画を経験。
1996年、阿部が31歳の時に結婚・出産育児を機に退社。「子どもが生まれたら、急遽休まざるを得ない、という場面も出てくるだろうし、そういうことで会社に迷惑をかけてはいけない、かけたくない」と考えたと話す。

その後は、やはり仕事や服飾への欲は消えることは無く、夫の後押しもあり、1999年 自身のアパレルブランドsacaiを立ち上げることとなる。

 

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sacai ブランド設立のきっかけ

出産後、生まれた子供は可愛く仕事を辞めたこと、COMME des GARCONS(コムデギャルソン)を退社したことへの後悔はなかったが、これまでバリバリと仕事へ打ち込んでいたこともあり、夫・阿部潤一と仕事の理想が似ていた分、子供を生んだ自分との差に不公平さを日々感じていたが、あるとき、家でふさぎこむ阿部に、夫・阿部潤一が「だったら自分でもブランドを作ってみたら?」と。

その時を阿部はこう語る。
「生まれた娘は可愛かったし、後悔はしませんでしたが、やっぱり、ものすごく悶々としましたね。夫は自分の仕事に打ち込んでいます。方や私は、赤ん坊とふたりきりで、社会に取り残された感満載のまま、ママ友の輪に入れず、公園デビューもできず、近所の神社でベビーカーを押している。直前まで私だって同じように、バリバリと仕事をしていたわけです。しかも夫も私も、仕事で目指すもの、理想が似ていました。でも、子どもを生んだら、私のアイデンティティは「○○ちゃんのママ」で、名前さえつかない。「これって不公平じゃない? 何かおかしくない?」っていうことを、実は夫にさんざん言いました。」

そうして阿部潤一にブランドの立ち上げを勧められ、資本も支援者もいない状況で育児も家事もしなければならない状況でやらない理由はたくさんあったが、だからこそ面白いかもと思い、早速子育てのかたわら手芸用品店ユザワヤで購入した毛糸でプルオーバー等の5型を編み上げた。


この2点が「伝説の5型」のうちのふたつで、いまやファン垂涎のアイテムとなっている

 

作り上げた結果5型しかできなかったが、阿部潤一がそれでもいいじゃないかと背中を押してくれ、ブランドネームのサカイも阿部潤一のアイディアと語っている。

1999年、子育てのかたわらサカイ(sacai)を設立。5型のみのコレクションでのスタートだった。ブランド設立前に所属していた、コム デ ギャルソンのように大々的な宣伝をすることはなく、雑誌の紹介、スタイリストやセレクトショップからの高い評価、ユーザーによる口コミで人気が広がった。

 

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