石ころアートESHAKU.の作家、綾です。

今日も読んでいただきありがとうございますおねがい





ずいぶん久しぶりの更新となりました


まさかこれが今年一発目の記事だとは、我ながら驚きです。。ガーン


しかも、気付けばもう2025年も残すところ2ヶ月!


時間が過ぎるのが年々早くなっていくような気がしてなりません。


本当に子どもの頃とは時間の感覚が明らかに違いますよね笑い泣き


時の流れの早さに驚く度に、日々を大切に生きねば!と月並みな言葉が浮かぶ今日この頃です。






さて、今日 10月20日は、一年の中で最も私の心を激しく揺さぶり、複雑な気持ちに向き合わされる日です。


何の日でしょうか??


そうです(?)。

最愛の家族であるマルチーズ、アトムの命日です。





アトムとの別れから16年。

ペットロスと言われる時期はとうに過ぎたと思うのですが、未だに完全に立ち直る気配はありませんぐすん(ペットロスが終わってない。。?)


今日もまた、涙と共に彼を想い、今もなお愛していることをまっすぐに伝える私がいます。




もう一度だけでいいからこの手で抱きしめて思い切り甘えさせてあげたい!と願っては泣き、仕草や匂いを思い出しては心の中でギュッと抱きしめる、その繰り返し。





彼は、本当の意味で無償の愛というものを教えてくれた恩人です。


感謝しかありません。


彼の存在があまりに大きすぎて、その別れがあまりにつらすぎて、それ以降ペットを飼うことができませんでした。





生きるってなんだろう。

しぬってなんだろう。


子どもの頃から、そんなことを深く考える子どもでした。





その答えは大人になった今もさっぱり分からないままだけど、今日まで生きてみて分かったことの一つ、というより認めざるを得ないことの一つは、全てのことは必ず始まりと終わりがあるということ。

寂しくても、つらくても。

 




それが人生だ、なんて言ってしまうと辛辣すぎるかもしれないけど、どんなに嫌がっても抗っても全力で阻止しようとしても、始まりも終わりも 誰にも止めることができません。




抗うことができないのであれば、受け入れて それでも生きていかないといけないわけで、


だとしたら、どう考えれば この悲しみや寂しさと共存しながらも、これからの人生を楽しく和やかに生きることができるかを考えてきました。





そして私が選んだ答えはこれです。


キラキラ人生は、たくさんの経験をして たくさんの感情を味わうゲームキラキラ





良いとか悪いとか、嬉しいとか悲しいとか、望んでいるかいないかとか、そんなことに関係なく、今の自分が経験すべきことが目の前に現れて、それを受け止め向き合っていく。


その経験や感情を一つ増やすごとに、人生の経験値が上がって次のステージに行ける、そんなゲーム。




そう考えてみると、


人生の中には「出会いの喜びを体験することで生まれてくる感情」を使って心を育むターンと、「別れのつらさを体験することで生まれてくる感情」を使って心を育むターンがあって、


そのどちらも この人生の中で学び成長するために用意されたギフトだということになります。





つまり、出会いが良くて別れが悪いわけではなく、出会いにも別れにも同じだけの素晴らしい価値があり、その時その時で必要なことを学び成長しているということです。





同じ地球に共存する私たちは、互いにそれぞれの人生を絶妙に交差させながら、一人では出来得ない体験を共に創り出したり 一人では生み出せない感情を協力して味わったりしながら、互いに教え合い 育て合っているのだと思います。





出会いはたくさん経験したいけど、別れは経験したくない!


そう思う人が大半かと思いますが、季節が巡っていくのを阻止できないように、経験したくないからと言って「経験しない」という選択肢は用意されていません。


全ては変化し循環していく、それがこのゲームのルールだからです。






全ては巡る。

変わらないものは一つもない。

だから仕方ない。


そんな風に「仕方ない」で片付けられたら、どれだけ楽でしょう。


でも、そうできないから長らく悲しみが続くわけですよね。


人間の心はそんな簡単なものではないはず。





だけど過去を振り返り、いつ誰と出会っているかを考えてみると、どの時も 誰との出会いも 全てが完璧だったと気づきます。


あの時にあの人からのあの言葉を聴く必要があったこと。


あの時にあの状況で助け合うためにあの人と出会っていたこと。


このタイミングのために あの時のあの出会いが先に用意されていたこと。




そして同じように、お互いに教え合い、育て合い、助け合ったりしながら、いつかその役割を終えた時に別れるタイミングを迎える。




春が好きな人も秋が好きな人もいるけれど、春に意味があって秋には意味がないわけではないように、


春夏秋冬、起承転結、どのターンが良いとか悪いとかの優劣があるわけではなく、どのターンでも様々な味わうべき感情をそれぞれに味わい、味わい尽くしたら次の章へ進んでいく。

巡っていく。


それを繰り返しながら、螺旋階段を一周また一周と登っていく。


それが人生。





私たちは必要な時に出会い、同じく必要な時に別れているんです。






春には穏やかな陽気を味わい、


夏は活発に動き、


秋には収穫を楽しみ、


冬は静かに休む。



四季それぞれに意味や役割やターンがあるように、起きる出来事や味わう感情にも意味や役割やターンがあるということですおねがい





悲しいけど、出会いの先には必ず別れが待っていて、それを知ってもなお、私たちは出会いに大きな意味と喜びを持たせ、


別れが来るまでの束の間の時間を、精一杯笑い、精一杯喜び、精一杯愛して、


全てを学び終わったあとで今度は、別れのつらさや寂しさを精一杯味わうことで、出会いだけでは知り得なかった感情を知り、更に心を育んでいく。




そうやって、たくさん感情を味わった分だけ人としての深みが出て、愛を持って世の中を見ることができていくのだと思います。




別れは身を割かれるほどつらいのに、それでもなお新たな出会いに挑み続ける私たち人間のいじらしさ、愛おしさ、そして勇敢さ。


それはきっと、本当にはお別れしていないことやまた会えるということをどこかで知っているからかもしれませんお願い




別れているようで本当は別れていないし、

終わっているようで本当は終わっていない。





それぞれに経験したいことや学びたいことがあって、それぞれに交差しながら共に人生を創り上げていくために出会い、学び終わったら満足して天国にいく昇天



アトムに会いたい気持ちは変わらないし 今も涙は止まらないけれど、彼が今回の人生で体験したかった全てを体験し尽くして、学びを終えて大満足で旅立っていったのだと思うと、素直に「おめでとう、よくがんばったね。」と彼の勇姿を讃えたい気持ちになります。


あとは、残された私がその経験を経てどう生きていくのか、ということなのだと思います。





アトムとの別れは、私の人生に大きな大きな穴を開けました。


こんな大きな穴を開けてくれた彼に 全身全霊で感謝しつつ、恐れず 怯まず 次の感情を味わう旅を続けようと思います。








こんなに愛する存在に出会えたなんて、どれほど幸せな人生なんだろう


そんなことをしみじみ考える、この大切な日。


こんなに私の中の愛を引き出してくれたアトムちゃん。


本当にありがとう、また必ず会おうね。




ずーっと愛しているよ。



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