最初に、お断りを。2日連続で、「同じ設定」の物語のレビューをします。「剣闘士が王族の身代わりになる」という設定の物語。片方は、杉原智則さんのライトノベル「烙印の紋章」です。そして、今回は、ローズマリー・サトクリフの「王のしるし」。すでにレビューした記憶もあるのですが、感想も新たに。

 

ローズマリー・サトクリフの「王のしるし」

ローマ治下のイングランド。フィドルスは剣闘士。つまり、奴隷でした。その日の試合に勝てば、晴れて自由の身になれるとのこと。

ところが、対戦相手は、フィドルスの親友。フィドルスの強さを知っている彼は、剣を受けて、従容として死んでいきます。

自由になった足で、フィドルスが向ったのは、場末の酒場。飲まずにはいられません。そんな彼に、数人の、見るからにケルト族の男が近づいてきます。男たちの後ろには、ひとりの若者。フィドルスは目を疑います。若者は、フィドルスに瓜二つだったからです。男たちの話によれば、若者の名はマイダー。あるケルトの氏族の王だったが、冷酷な王女リアサンに目をつぶされ、追放されたとのこと。ケルト人の間では、身体的欠損のあるものは王になれないのでした。欠損、それは「不毛」を意味するからです。男たちは、マイダーの腹心であるケルトの貴族たち。かれらの目的は、フィドルスを替え玉に仕立て上げ、女王となったリアサンに報復すること。親友を殺して、自棄になっていたフィドルスは、この申し出を受け入れます。

王族にふさわしい身ごなしを身につけ、フィドルスは女王リアサンの国に向かうのですが・・・・・・

 

 

初期の作品なので、稚拙なところももちろんあります。そして、短い。しかし、その短さが良いのですね。

 

マイダーの婚約者だったというリアサンの娘マーナ王女との面会も緊張の一瞬。しかし、数年ごとに男を取り替えるリアサン、かつてマイダーを追放したリアサンを内心、激しく憎むマーナは、率直にその心のうちにともった炎をフィドルスに語ります。

 

もうひとつの難関は、マイダーの親友、コノリーとの面会。このコノリーが印象的。「雑草の中に咲いたヒアシンスのような青年」。少し、気崩した身だしなみ。完全に美丈夫と言えないのは、左目が斜視だから。

しかも、コノリーはフィドルスにささやきます。

「あんたは、マイダーではない」

さすがに親友ですね。お見通しです。果敢な戦士でもあるコノリーは、いったいどう行動するつもりなのか・・・・・・

 

また、本物のマイダーは何を考えているのか。

 

とにかく、短くも、たいへんにヒロイックな物語。

サトクリフの初期の名作として、この作品を挙げる人は非常に多い。最後の最後で、それは頷けます。真の王と、そして”もうひとりの”真の王とが、それぞれにとった行動によって。

 

その後、サトクリフは名作の数々を書きましたが、初期の作品の端的な輝きが失われてしまったのは残念です。