岩井志麻子さんの「嘘と人形」(太田出版)
サイト内では有名なセレブ・ブロガー、本間切美。ブログの記事内容から推測するかぎり、30代の、大富豪とまではいかなくても、かなり裕福な未婚女子。いや、既婚者で、夫や家族に関する記事は書かないだけかもしれません。ブログには、知人だというフランス人調香師の豪邸や、常宿にしているという国際的シティホテルのスイートルームの風景、ゼロ年代風のコンクリート打ちっぱなしの超高級焼き肉店の無機的でシックな内装などのセレブ感あふれる画像がならびます。一流小金持ち企業の役員などの小金持ちレベルなら、どうにか実現できるかもしれない生活レベルを余裕で保っている雰囲気。フランス製の香水しか身につけず、年に何度もフランスへ行く。パリ暮らしのフランス人の友人も多く、かれらから「アンリ」と呼ばれて親しまれている、というサラッと控えめな記述。ふつうの平凡な女には、よほどの玉の輿に乗らないかぎり実現不可能と思われる状況です。実際、切美は何百年も遡れる大地主の家系に生まれ、幼稚園から高校までお嬢様学校として有名な名門私立学園に通い、そのままエスカレーター式にお嬢様女子大に行くことにあきたらず、美術史を学べる高偏差値私大に進学したとのこと。しかし「鑑賞眼」のみならず、「創造力」にも恵まれていることが判明したので、イラストを描いたり、雑誌に記事やエッセーを書いて生計をたて、めいっぱい予定と予約で埋まっている今後の10年間。
しかし、切美はそれらの予定をこなして依頼人に満足してもらうことは出来ませんでした。通常どおりに書かれたブログ記事を最後に、ネット世界からも姿を消した切美。
彼女は繁華街に乱立する雑居ビルの屋上でバラバラ死体として発見されたのでした。バラバラの、首無し死体として。
現場で発見されなかった切美の頭部を、貧困の染みつく裏通りで拾ったのは、切美の妹。「存在しない」はずの、地味というより貧乏くさい女。貧乏な母子家庭の私生児であることがバレないように勉強にうちこみ、しかし進学校であることがマイナスに。商業や工業などではなく普通高校なので簿記や積算、CAD、色彩認定などの技能は身に尽きません。スマホでネットができるレベルのIT能力。パソコンのテンキー入力さえ不安な事務能力。一流企業の一般職になること、派遣社員やアルバイト待遇であっても事務職に就くことは無理な状態。結婚したものの3年ほどで、静かに離婚。経済的に苦しいなかで、切美のブログを読んで、嘘を見つけては姉の欺瞞に失笑、優越感をすこしでも満足させるのが妹の楽しみ。偏っているものの一応の知識がある彼女。フランスでは女性を「アンリ」と名付けないことも知っているので切美の「フランスとのお付き合い」の記事には大満足です。
しかし、姉の死の現実感をかみしめている妹のもとに、一冊のノートが送られてきます。びっしりと埋められた文章を書いたのは、元オタク高校生で、今もオタク中年であると自認する几帳面そうな男。切美の熱心なフォロワーである彼は、ついに自分が常に切美の傍らに付き添っていられる立場になったことを語り、読んでいる妹は名状しがたい恐怖にノートを閉じて警察に駆け込もうかと考えるのですが、それによって「本当の姉の人物像、妹の人物像」が明らかにされることは、さらに怖い。そこで彼女をおそう新たな恐怖。この男はさらに深い切美姉妹の真実さえ知っているのではないか。そして、その「真実」は妹さえしらないものなのでは?
かなりの方が気づいておられるのではと思いますが、この作品は切美を殺したのは誰かという「フーダニット」の本格ミステリーなどでは、まったくありません。ミステリーといえるかどうかも疑問。あえて言うなら「切美となのる女」をめぐる「メタミステリー」です。
メタミステリーというものが、じつのところ私は凄く苦手です。折原一さんの「あの○○ミステリーの大傑作」さえ、メタっぽい設定がわかったので、二回以上読みたいという気持ちが、あっという間に雲散霧消しました。〇〇ミステリーは傑作であればあるほど必然的にメタになるという主張が唱えられたことがあり、その代表として古川日出男さんの「アラビアの夜の種族」があげられていました。安心していただきたいのですが、「アラビアの夜の種族」は大傑作ですが、メタというのは厳しく、そもそも、絶対に〇〇ミステリーではないので、ネタバレにはなっていないと思います。敢えて言うなら「幻想小説」もしくは「伝奇小説」です。アラビアン・ナイトの世界観が濃厚な物語本にこめられた呪いの力。カイロ太守の腹心が、その呪いの力で、”将軍”ナポレオンの艦隊を打ち払おうと画策します。ここまでは、冒頭の5ページで明らかになるので、ご安心ください。興味のある方は「まとまった時間が6時間以上確保できる日」に、お読みください。読後、ちょっと「物語酔い」の状態になるかも、です。
例示が的外れなとき、往々にして「論説」そのものも怪しいのが世の習いなのですが。本説でも、たくさんの作家さんが、〇〇ミステリーに挑戦し、メタ皆無の傑作を書いていらっしゃるという事実が、十分に反証になると思います。
今回、あらすじは、冒頭から忠実にプロットに沿って書くのではなく、述べられた順番や、どこで何が明かされるかなどに関しては、けっこう、内容をとばしたり、記述者の正体をかくしたり、手をいれました。そうしないと「物語的に意味がわかる」あらすじにならない上、ネタバレ満載になってしまうので。
これはネタバレではないので書きますが、この作品の冒頭は「岩井志麻子という、スターではないが、拒否されていない作家がTVのヴァラエティ番組に出演している」シーンから始まります。
中年作家さんが作中、「美魔女」の自分語りをするのは、柚月裕子さんレベルの「魔女ではないが、はんぱない本当の美人」がやってもイタイですが、岩井志麻子さんはその点はご承知らしく、ご自分は「美人」ではないと明言なさっています。その上での自己認識は「ひとに好まれる容姿」ということですが、この自己表現の是非に関しては、みなさまのご判断におまかせしようと思います。
むしろ、岩井さんの自分語りへの不満は、全然ことなった局面にあります。ミステリーとしてのクォリティに直接関わってくる問題なので、見逃す、なかったことにする、で済ませることはできません。
さて、なぜイヤミスでクールダウン、ネガになろうとしたかというと、つい最近、ひとかけらも期待せずに読んだライトノベルが、読んでみれば「アルスラーン戦記、銀英伝を軽く超えてるんじゃないか」というレベルの、非常に密度の高い戦記ものの傑作で、作者は冷静なのに、読者を昂奮、熱中させるすぐれもの(逆パターンで自分の世界に昂奮する作者にたいし、読者はシラジラというものも多いですが)昂奮しすぎて、「骨が痛く」なってしまったので、冷却が必要だったため。一部ブロ友さんにはお話しましたが、ウツ転の症状なのか、気分はハイなのに、アドレナリンが分泌されない期間にはいり、燃料不足で体は果てしなくゾンビに近い現状。午前中は、いくら日ごろ鍛錬していても筋肉が働かない上、無理に動くと、代償として骨が痛む(幻痛に近いんじゃないかと思うんですが)ので、なるべく安静にし、ヨガも合気道もお休みしています。本だけはそれなりに読めるので、むかし挫折したイギリス歴史小説「ウルフホール」を・・・・・読むかもしれないです。「ウルフホール」に関しては、図書館などで現物をご覧になってください。絶対に絶対に絶対に、買わないように。枕あるいは凶器を兼用したいなら、京極夏彦さんの「ル・ガルー」で充分、役にたちます。