早坂吝さんの「ドローン探偵と世界の終わりの館」(文藝春秋)

 

  飛鷹六騎、19歳。北神大学の探検部というサークルのメンバー。しかし六騎自身はこの大学の学生ではありません。

  貧しい母子家庭で育った六騎は、先天性の疾患なのか、小学校低学年で、身体の成長が止まってしまった小人症。成長した現在でも身長130cm、体重は30kgという矮躯です。TVシリーズドラマ「黒羽刑事シリーズ」の大ファンである彼は、高校を卒業するや、警察官となるべく志願しますが、体格上の制限にかかり、不採用になりました。その時の面接官の言葉に導かれ、探偵となります。たまたま縁ができて、北神大学探検部の部員となった六騎は、クラブの先輩女子である玲亜の所有するドローンを数体

借りうけ、ドローンを自在に操り、時には空を飛ぶドローン探偵として警察に協力する、ちょっとした有名人となりました。

  探偵部は大富豪、の若手政治家の娘、玲亜の財力のおかげで、「探検」と称する国内旅行に出かけること、しばしば。副部長である足彦が提案し、決定した次の探検先は、山間の寒村、三豆ヶ村の丘、明日ヶ台に建つ豪邸「ヴァルハラ」。13年前、突然、村にやってきた御出院(オデイン)という謎の金持ちが、異才の建築家に建てさせた館。完成数年後、御出院の病死が村に伝えられ、以降、館は管理されずに放置されていました。三豆ヶ村出身で、小学校時代「ヴァルハラ」でかくれんぼした経験のある足彦と、部長の透は、庭園に建つ離れに核シェルターが備え付けられていることを明かし、部員たちは興味をそそられたのでした。おりあしく、銀行強盗犯と一大捕物を演じて全治3カ月の骨折状態の六騎は、車両通行可能な範囲まで同行、「ヴァルハラ」には分身そのものであるドローン、ファフニールを派遣することにします。

  しかし、六騎は部員たちの中に潜んだ悪意、「ヴァルハラ」との関係を隠して帯同を申し出るメンバーの存在を知らなかったのでした。

  「ヴァルハラ」に着くや、部員たちを襲う山の嵐、孤立した邸内の密室でおきる殺人。しかし、それは惨劇の序盤に過ぎなかったのでした。

 

 

  北欧神話を参考に建てられた人里はなれた豪邸、おもしろ半分に探検に訪れた大学のサークルに忍び寄る魔手、ドローンを介した映像のみを手掛かりに推理をめぐらせ、残されたメンバーを救おうとする究極の安楽椅子探偵。くわえて、嵐による孤立、密室殺人など、本格ミステリーの要素がてんこ盛り。あらすじを読んだだけで「いかにも面白そう」と、ついつい手が伸びてしまうさくひんなのですが、はっきり言って「駄作」です。早坂吝さんの作品中、一番、出来が悪いと断言して良いと思います。唯一の未読作品「RPGスクール」がさらに駄作であるという可能性も、実際のところ、にわかに現実味を帯びてきたのですが。

 

  本格ミステリーとしてのトリックは、ガストン・ルルーの「黄色い部屋」も真っ青、「偶然に助けられた」というほかありませんし、ときおり挿入される「真犯人Xのモノローグ」も、必要とは思えない。それ以上に、プロットの組み立てに、なんの工夫もありません。ストーリーテラーとしては、今でも一目置かざるをえない東野圭吾さんや、「読者を退屈させないこと」命の有栖川有栖さんなら、「ヴァルハラ」到着シーン、あるいは「最初の殺人直後」から書き始め、順次、時を遡って説明するという手法をとったのではと思います。

  「ドローン探偵による銀行強盗犯逮捕」から「ドローン探偵への道」そして「ヴァルハラに到着するまで」が、「混乱気味な上に退屈」という残念な仕上がり。合間にランダムに語られる「部員たちそれぞれのドラマ」も印象が弱く、型押ししたような人物像のオンパレード、その反面、スレたミステリーファンならこの時点で、起こるべき犯罪や真犯人も解ってしまうかもしれないという愚を犯しています。なにしろ、ミステリーを読みなれた人なら、この時点でミスリードには引っかかるはずもなく、消去法で「真犯人」を察知できうでしょうし、とすれば、さらに手練れの読者なら「動機」さえ予測できてしまうかもしれないので。

 

  あと、背景になっている北欧神話に関する「誤解釈」が散見されるのも気になります。とくに、「唯一ラグナロクをくぐり抜けて生き続ける神」ヘイムダルに関しては、早坂さんの描写より、30年も前に五代ゆうさんが「はじまりの骨の物語」で述べた解釈の方が今では正統派ではないかと。ロキに関するあれこれは、「神話の神々に、”人間的な性格論”を当てはめること」の無益ささえ感じます。そもそも「北欧神話」であるべき蓋然性が薄弱。単に「シェルター併設の豪邸」であれば成立する(実際のところ、偶然に頼り、それでも不可解な点が多々なので”成立”しているかどうかも怪しい)ミステリーだと言いきってよいかと思います。いや、三津田信三さんの「シェルター-終末の殺人」とはちがい、シェルターでなくても、かまわないかも。

 「ヴァイキング」に対する描写もひどい。「ヴァイキング=単なる海賊」説は、すでに前世紀に否定されています。そして、北欧神話が「死ぬ可能性が高いヴァイキングのメンバーを鼓舞、ヴァルハラという楽園をチラ見させることで死への恐怖を麻痺させる」ために、”被支配階級”であるヴァイキングに主に授けられたプロパガンダである、というのは、まったく初耳の珍説。などなど指摘するのも虚しいのは、前述のとおり「北欧神話と、語られるミステリーが、まるっきり無関係」だから。

 

  早坂さんの「らいち」シリーズは毀誉褒貶あるものの、緻密な本格ミステリーです。とくに長編2作目の「誰も僕を裁けない」は、同趣向の作品を今後だれも書けないであろう視点で書かれた傑作。

 がらっと趣向をかえた「アリス・ザ・ワンダーキラー」の企みにみちた語り口も鮮やか。

 で、次に「ドローン探偵」がくるとは。

 

 あとね、なぜいきなり「文章力」が低下する?

 同時期に、あの山田悠介さんの「魔界の塔」を読んだのですが、はっきり言って「魔界の塔」のほうが読みやすかったといっても、過言ではありません。

 

 なお「読者への挑戦」みたいなことがのっていますが、「何が挑戦なのか」というと、ばかばかしいこと、この上ないので、大まじめに考えるのはやめましょう。