西台もかさんの「嘘つきウサギと銀の檻」(エンタブレイン)

 

  飴井アリサ、16歳。中高一貫の私立進学校に通う、控えめな笑顔が素敵な少女。4月に高等部に上がりました。学年内の学業成績は15位よりも下がったことはありません。部活として続けているテニスは、エースとまではいえなくとも、試合に出るレギュラーメンバーから外れることはありません。進学校に必ずいるような、勉強もスポーツも優秀で、笑顔を絶やさぬ優しい女子高生。しかし、それが自分の虚像であることをアリサは自覚しています。

  本当の名まえ、おじいちゃんがつけてくれた「杏梨紗」という本当の名まえを書けず「アリサ」と書く自分。杏梨紗なんて暴走族みたいと、ママが嫌うから。勉強するのもテストで満点を採らないと、ママが激怒するから。嘘の微笑みも、やめたいテニス部のレギュラーで居続けるのもママがスポーツ好きな明るく優しい子が好きだから。ほんとうのアリサは、メタル・ロックとロリータファッションが好きな子。

  ある晩、学校から帰るなり寝落ちしたアリサ。いつもより、さらに疲れていたようです。目がさめると夜。アリサの部屋に闖入してきた青年。白銀髪に深紅の瞳。彼は「遅れる遅れる」と棒読みするように言うと、満月をかたどった懐中時計を見て「落とし」窓の外へ。落し物を届けようとアリサは思わず追いかけ・・・・・庭があるはずの空間は深い穴に変化していました。落下したのにケガもしていない状態を怪しむアリサに、同じくらいの年頃の少年が声をかけます。平凡な容姿ながら、優しい笑顔が印象的な少年は「鳩」と名乗り、ここが「不思議の国のアリス」の世界であり、ときどき現実世界から「アリス」役の少女を招いて「女王様のクロッケー」というサバイバルゲームが行われること。プレイヤーキャラは、「アリス」「鳩」「しろウサギ」「チェシャ猫」「帽子屋」「三月ウサギ」「芋虫」「ハートのジャック」の合計5人。この辺りまで話して森の中に入ると、突然アリサに殺意の向けた「鳩」。アリサを助けたのは、彼女がこの世界に来るきっかけを作った白銀髪の青年、「しろウサギ」のシロウでした。シロウは本当に重要なゲームのルールを説明します。

ゲームのプレイヤーには、「役割」「特殊能力」そして「行動上守らなければならない義務」がある。まずアリサ以外のプレイヤーは、絶対に「アリサを殺してはならない」。

城にいる「ハートの女王」はアリサに会ったら、すぐに処刑させるつもり。アリサの義務は「それでも制限時間内に女王のいる城にいかなければならない」ということ。到達できなければ、ゲームの時間切れと同時に、首切り斧を持ったトランプの衛兵たちが、アリサを処刑する。それは「現実世界での飴井アリサの突然死」を意味する。

しろウサギのシロウは、自分の義務を「アリサを現実世界からこの世界に招きいれること」、異能力は「小さなトカゲのビル」を自由自在に 使役できること。ビルは人間の肩に乗れるくらいのサイズ。シロウはかなり大きなアドヴァンテージを備えているのです。彼はアリサに自分に付いてくるよう、申し出、というより要求するのですが・・・・・

冒険を進めるうちに、いやでも浮かび上がる大きな疑念。この世界を動かす「ゲームマスター」が、「ゲームの世界」に入り込んでいるのでは? そして、「ゲームマスター」は、「プレイヤー」となって、「ゲームの内側」から、自分のゲーム世界で遊んでいるのでは?

 

 

  異世界ゲームものとしては「童話的要素」「イギリスの中流社会の雰囲気」を強く感じさせながら、ときおり「ヒステリックで黒い狂気」をチラつかせている広義のミステリー。サスペンス調の「リドル」として、実によくまとめられた作品です。「リドルストーリー」というと引いてしまうかたもいらっしゃるのでは?と懸念するのですが、きちんとした解決が提示されるので、ご心配なく。

 

  冒頭、かなりの人が、また「毒母」ミステリーか、「サイコ」ミステリーではないか、と予想しつつ読み進めるのではないか、と思います。

  ミステリーの根幹をなす〇〇が、冷静に過去の行動を検証するにつけて、あっという間にひっくり返される「今、その時の信実」。存在していたはずの「現実」が儚く崩れさる瞬間の間接的な心象描写は、ていねいで、否が応でも納得させられます。

 

  熟読すると、あちらこちらに引っかかる部分があると思われるでしょうが、その部分に気付いて「考える」と、ミステリー好きな人なら「あの引っ掛け」にはたやすく気づくかもしれません。

 しかし、それに関する真相をアリサが見破ったところで、なお50ページを残す状態。そう「彼」を謎解役に据えた、「真のミステリー」がようやく動き出します。

 

  忘れがちなことですが、他のプレイヤーには「アリサを城に連れていく」必要性はありません。「アリスなんて知らない」と振る舞ってもペナルティなし。しかし、実際にはかなりのプレイヤーが女王に与し、「アリスを利用する」という立場を選んできたのです。なぜなら「女王がアリスを簡単に処刑できる状態にセッティングする」つまり「城に連れていく」ということは、アリス以外のプレイヤーにとっては、「もうひとつの勝利条件」。女王から「女王様のタルト」をもらえるから。このタルトは「たったひとつだけ、プレイヤーの願いをかなえる」ために必要なアイテム。強烈な願いを叶えたいプレイヤーは、かなり存在し、その前では「知り合ったばかりの少女の命」よりも「女王様のタルト」のほうが重要なのです。出会うプレイヤーのだれが「悪意」を持っており、誰が「タルト」を問題にしていないのか。つまり、敵と味方の見極めはきわめ重要です。

 

  この小説は骨盤Pさんというアーティストさんの曲をもとに、独自のアレンジで仕上げた小説。「ボカロ小説」というジャンルです。歌っているのは仮想アイドルとして人気が高い初音ミクさん、という設定。

https://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/22171.html

 

 一時期大人気だったボカロも廃れてきました。