王領寺静さんの「黄金拍車①黒騎士編」(角川スニーカー文庫)

 

   桜木カズマ、17歳。ごくふつうの学校、東高校のサッカー部の最強のフォワード、というより、サッカー部員中たったひとりのストライカーです。シュートを撃てるのはなんと、というか、なさけないことに彼だけ。残り全員、ミドルフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパー。リベロになろう、などという気骨のあるヤツは部の歴史にも残っていない。

  カズマはちょっと尋常ならざる生命力の持ち主。さらさらヘアーに、ほどよく筋肉質、顔も悪くない。本人無自覚きわまりないモテ男。あろうことか、東高校NO.1の美少女、緑川奈央から呼び出され、告白され、やったぞラブシーンという時に・・・・・・

  召喚されます。召喚主は”フロリン王国の大魔術師ミザール」と名乗る、銀髪に黒マントの怪しい老人。見るからに中世末期ヨーロッパな世界で、赤ちゃんよりも、無知なカズマ。ジェラールという半農の下っ端騎士から、まずは「言葉」を、手ぶり身ぶりで叩き込まれます。希望はただひとつ、騎士になったら、元の世界に送り返してやるというミザールの約束・・・・・・っぽいひとこと。

 ジェラールの息子と詐称してカズマが潜入したのは、フロリン王国の実質的支配者である大貴族ブルゴーニュ公の宮廷。公子フィリップの騎士団への入団を目指しながら、ジェラールの言いつけどおり、毎晩、その日の出来事を”父”ジェラールへの手紙に書き続けるカズマ。

 ある事情で暗殺者として処刑されかけたカズマでしたが、寸前にブルゴーニュ公の姪、エトワールに救われます。エトワールは、金髪の気品のある美少女で、「星の騎士団」の団長でした。名目だけの騎士団長ではなく、武術の心得もあり、騎士団の騎士たちや使用人たちと寝食を共にする、気高くも勇敢な騎士団長です。彼女によって星の騎士団に迎え入れられたカズマ。賜った座右の銘は「こいつぁ、すごいぜ」。カズマはローマ人の末裔である筋骨たくましい黒髪の美丈夫騎士ロラン、容姿端麗で騎士でありながらパリ大学卒の学者でもある銀髪のオリビエ、そして小間使いとして働く農家の可愛い娘ジャネット正式名ジャンヌ・ダルク、紋章長官(固有名詞なしの助演重要キャラ)たちと出会います。

  そしてカズマの知る驚愕の事実。平和な日常にしか見えないのに、現在、戦争中。王太子シャルル以上の覇権を誇るブルゴーニュ公は当の王太子と交戦中。更なるややこしさ、その王太子を戴くフロリン王国勢力は、王位を狙う北方島国イギリン王国を相手に100年もの間、ひたすらダラダラと戦っていたのでした。

 息子のフィリップにではなく、姪のエトワールに公位を譲りたいと願い、王太子との和議を望むブルゴーニュ公の暗殺。暗殺者の謎も解けないうちに、出現した強敵。それは神出鬼没にして古今無双の剣戟を操りカズマの命を付け狙う謎の髑髏の面頬の黒騎士。なぜか敵側にダダ漏れな極秘軍事機密。「騎士団の中に敵のスパイがいる」と断言する”決して間違えない男”オリビエ。ブルゴーニュ公暗殺の手引きをしたのは?。黒騎士の正体は? そして、スパイはほんとうに星の騎士団に潜んでいるのか。

 

 

 これぞ名作古典的ライトノベル、というより不朽の佳品ジュブナイル。波乱万丈、血沸き肉踊るわくわくの、一方でミステリー要素濃厚な謎解きに脳みそフル回転の、異世界戦記「黄金拍車」。ふとしたことで全巻を「状態非常に良い」で発見。神田神保町のSF、ミステリー、ファンタジー専門古書店、羊頭書房の書棚の奥に5冊まとめて眠っておりました。裏表紙の「著者近影」が、某美人オオモノ作家さんではなく、ヤサグレ長髪青年、王領寺静さん、そのひと! これは即買いあるのみ。しかも安価、をこえて、ほぼ捨値。5冊セットで270円という、まるっきり根拠不明な値付けなんですが。

 

 これは「異次元騎士カズマ」シリーズの第1部にあたる作品。初版は昭和63年。古い。もはや古典です。たぶん、ライトノベルという名称すらなく、それに近いジャンルはジュブナイル、またはヤングアダルト。当時の少年向けジュブナイルの雄といえば、古代エジプトが舞台の「聖刻の書」シリーズの渡邊由自さん、タイトルは知っているけど作者名は気にする人さえいないと思う「フォーチュン・クエスト」シリーズの深沢美潮さん、「ソーンストーン・サークル」の久美沙織さんあたり。コバルトあたりで「少女小説」を書いていた女性作家さんが目立ちます。「ロードス島戦記」の水野良さん、「宇宙の皇子」の藤川佳介さんは、表現がむずかしいところですが、「一段格が上」みたいな感じで受け止められていた、かと。そのさらに上をいくのが孤高の田中芳樹さん。そんな漠然とした、しかし確固たる序列があったというのが時代の雰囲気。

  初級ランクの作家さんたちの凋落がめだちます。確かに「聖刻の書」は1巻の「燃える瞳のメル」のみが有名、他の巻のサブタイトルはエンタメの海に呑まれてしまいました。しかも古代エジプトではなくても成立する物語。歴史考証マル無視古典的少女マンガ「ナイルの鷹」も真っ青なアバウトで乱雑な歴史描写。「フォーチュン・クエスト」は「フォーチュン」ではなく「トレジャー」をクエストしていた印象。「トレジャー」が何だったのかは、忘却の彼方。「ソーンストーン」に関しては舞台となるシェアワールドが完璧過去の遺物。世界観が共有できない状況です。著者である久美沙織さんの代表作といえば、いまや「新人賞の獲り方おしえます」。なんといっても、瀬名秀明さんはこの本の内容を遵守して名作「パラサイト・イヴ」を書いちゃったわけですからね。しかし、文章指南書としては、イタい。「名文」の手本としてあげられているのは、ことごとく久美さん自身の作品。中でも「あけめやみ とじめやみ」がご自慢の作品らしいのですが、久美さんが自賛なさっている冒頭の「名文」。この「名文」が私を「あけめやみ とじめやみ」から遠ざける一因となったんですよね。時代はくだりますが「スレイヤーズ」の冒頭、「あたしは追われていた」のほうが、はるかにキャッチー。

 中級ランクの「ロードス島」も「宇宙の皇子」も、現在では「資料的価値」のほうが「小説的価値」を上回っていることは否定できないと思います。その点、「さすが」なのは田中芳樹さん。当時の現代を舞台にした「創竜伝」こそ微妙に「古い」ですが、絶妙に「ゆるく」て絶大におもしろい「アルスラーン戦記」「銀河英雄伝説」などなど、かるがると時代を超えてしまうエンタメだという事実が証明されました。

 

 「黄金拍車」もまた、今読んでも十分におもしろい作品です。どころか、泡沫作品が溢れる現代なればこそ、「むかしのジュブナイルって、こんなに密度が高いんだ、それなのに無駄な重さがないんだ」と唸らされること必至。じつは、少女マンガにも同様の傾向が見られます。このところ竹内直子さんの「セーラームーン」原作を読み返したのですが、まさに「ページの端から端まで、ぎっちり描き込まれた」高密度作品。展開もぎっちり、がっちりなのに、すっきりスピード展開。今のマンガならコミックス3巻かけて描かれている内容が1巻で描きつくされている大満足ストーリー。シンプル、コンパクトと「リーダビリティ」が両立するという心理を「作者さん」たちに思いだしていただきたいのですが・・・・・エンタメ界に蔓延する「冗長病」は根が深いと感じます。皮肉なことですが、今なお名作と絶賛される宮部みゆきさんの「火車」こそが、「冗長の海」に至る分岐点だったのではないかと。

 

 ライトノベルや大長編マンガは、私はたいていの場合、全巻それは無理でも3、4冊まとめてレビューするのですが、「黄金拍車」のリーダビリティの高さでは、それは無理です。しかも「パラレル歴史小説」でありながら、1冊ごとに「1巻完結ミステリー」として成立しているという贅沢な二重構成。1巻を例にするなら、「髑髏マスク素顔〇〇な黒騎士”who”ミステリー」がサブストーリーです。各巻で提示されるミステリーですが、謎がその巻で、きっちりと解明されてグズグズ後を引かない、この点はほんとうに高ポイントであり、好ポイントでもあると思います。「謎完全解明」「すっきりカタルシス」がうれしい本格ミステリーが再台頭する一方で、恩田陸さんの新聞連載小説「〇〇」のような「思わせぶりなラストで謎を残す」ミステリーも依然、健在なエンタメ界で。そこから振り返ると、この構成は光ります。昨年度、大絶賛のSFミステリーマンガ「彼方のアストラ」(ジャンプコミックス)も同じ趣向で、しかも5巻完結というコンパクトなところも高ポイントでした。

 

 また「黄金拍車」で特筆すべきは、「ミもフタもない」までに「浪漫」を犠牲にして「事実」を描いた「歴史考証」。ナイフ、フォークなし、手づかみで肉料理を引き裂いて喰らう宮廷料理。「取り分け用銘々皿」はもちろん、「大盛り用大皿」さえ使われていないという事実が明記されちゃっています。なので、食後は「皿」ではなく、料理を直盛りした「テーブルそのもの」あるいは「天板」を片づける。

 ポピュラーな寝具といえば「完乾し麦ワラ盛り」のこと。リユース、リサイクル。環境に優しい社会。布製寝具で寝られるのは騎士以上の人たち。しかし大きなベッドで雑魚寝パターンが多数派。しかも、蚤とも仲良く雑魚寝。入浴は居室に木製バスタブを持ち込むことで、はじめて可能に。「浴室」なんて空間の無駄使い。シャンプーはどうしてるのか、そもそも日常的に洗髪の習慣があったのかは触れてはいけないこと、みたいです。だからもう少し時代がくだると、スキンヘッドかベリーショートヘアにヅラ、が様式美になったんでしょうね。

 トドメは「牢獄」でしょう。地下牢が「貧農の土間」レベルの居住環境なんて思っていたら、おおまちがい。ワケあって、立ったまま寝るしかない環境。狭いことも一因ですが、それだけじゃありません。投獄されたら最後、常に「獄死」と隣りあわせの毎日。エドモン・ダンテスは、まだマシだった! だって、少なくとも10年以上、生きていられる地下牢環境だったわけですから。映画で見るかぎり、アルカトラズなんて、ダイニングでご飯を食べられ、横になって寝られる。明るさがあるから、差し入れの雑誌なんて楽勝で読める。食事だって「調理囚」がシャバで料理人だったりしたら、毎食B級グルメが満喫できちゃう。まるで天国。

 

 各巻で解決する「サブなミステリー」とはべつの、通奏低音的なたったひとつの謎には、ほとんどの人が引き込まれると思います。ぴちぴち健康的かつ可愛い系の女の子。ジャネットと呼ばれるこの子の本名は「ジャンヌ・ダルク」。①ではまだ明確ではないものの、巻を追うにつれて明らかになる「これって、救国の乙女、ラ・ピュセルの物語まんま」という展開。なんせ、カズマはイギリン軍に包囲されて孤立無援なオルレアンを開放しちゃいます。どういうこと?と湧き起る疑問。なぜ、カズマの冒険が「ジャンヌ・ダルクの英雄譚」として伝えられることになったのか。

  真実は・・・・・泣いちゃいました。

 

  そして、その涙を乾かすために、18世紀カリブ海に跳んで「骸骨旗トラベル」の世界に取り掛かる。これは、おススメできないです。「骸骨旗トラベル」も血沸き肉踊る歴史冒険ロマンス。ストーリーのおもしろさは完全保証します。しかし、これこそが16~19世紀の「海賊と虜囚の現実」だと頭では理解できても、心は拒否してしまうほどの「無惨」。「夢の雫 黄金の鳥籠」のヒロイン、ヒュッレムは「奴隷として捉われた女の子たち」のなかでは、「運の良い子」なんですね

 それに続く第3部「剣奴王ウォーズ」は未完で、しかも「続きの1ページ」が気になる状態で、ペンディング。相変わらずストーリー展開のおもしろさは保証できるし、剣闘士スパルタクスは、それはもう魅力的なのに。

  「未完の傑作」は罪深いです。

 

  「黄金拍車」のイラスト担当は、安彦良和さん。マンガ、キャラデザ、イラスト各方面で有名な方だそうですね。昨今の絵師さんたちとは、まるっきり傾向が違います。古くささは感じません。引き込まれるような魅力を湛えています。特に初登場時のエトワールのアップ。物語のおもしろさで止めることができなかったページを繰る手が、止まりました。

  これほど気品にみちた美少女を描ける絵師さん。お若い絵師さんたちの中で「この絵師さんなら描ける!」という方がいらっしゃるなら教えていただきたいと思います。