関田涙さんの「晩餐は『檻』の中で」(原書房ミステリーリーグ)

 

  終盤にある「改良品」によって近未来、あるいは未来であることが明らかにされる日本。

  ハードボイルド作家、錫井イサミは彼のデビュー元の出版社の担当編集者、渡部から切迫した二者択一を迫られていました。漂流社の新レーベル、本格推理叢書に収録できるガチガチの本格ミステリーを書くか、それとも漂流社からの絶縁状をおとなしく受け取るか。実は錫井はマグレで新人賞を受賞した凡作作家。それでも漂流社は彼のヘタレ・ハードボイルドを3作刊行してくれたのですが、1作も重版がかからず、返本の山を築いただけ。さすがの漂流社の忍耐力も限界に。そこで、この提案となった次第。漂流社に何としても、しがみついていたい錫井は、古今東西の本格ものを読んで、既出のトリックを調査、パクリにならないよう気をつけながら、生まれて初めての本格ミステリーを書き始めます・・・・・・・

  ・・・・・・そこは、通称「檻」と呼ばれる正14角形の建物。廃止された死刑にかわって、殺人被害者の家族や友人などによる「仇討ち」が公認されました。仇討ちの舞台となるべく建てられた「檻」。死刑を免れた殺人犯(トラ)、復讐志願者(ヤギ)、その協力者(ヘビ)、復讐劇の監視者(クマ、カメ)、トリックスター的な完全部外者(イヌ)、同じく部外者でありながら、復讐者と協力者は誰かを推理する探偵(サル」、以上7名が3日間にわたって「檻」に閉じ込められ、その間に復讐と推理が為されなければなりません。

 7人の参加者たちの役割のすべては、監視者つまりクマとカメ以外には知らされていません。復讐者ヤギが知らされているのは、だれがターゲットつまりトラで、誰が協力者のヘビなのか、それのみを知っています。ヤギとヘビはお互いの正体を知らされており、「檻」の中で復讐のための相談をすることが可能。監視者は予想外の暴力発生時に実力行使が認められている検察官と刑務官から選ばれています。

 そして、「仇討ち」施行の初日、檻に入った金髪の青年、窪寺(仮名)は、早々に建物に関する不審点を指摘します。檻は3階建て。中央に螺旋階段を配置。3階は図書室、2階は遊戯室、1階が居住スペース。問題は1階に連ねられた各自の居室。扉はあるのに鍵がありません。つまり施錠によって身を護ることができません。その上、各部屋の壁は全面、透明ガラス。ベッドにもぐり込まないかぎり、自分の姿は丸見えです。こんな状態で、殺されずに3日間過ごすことが可能なのか。7人の男女の中に潜んでいる「トラ」は、どんな気持ちで檻の生活を始めたのか・・・・・・

 

 

 

 凝りに凝り、緻密に計算し、縦横に伏線が張り巡らされた本格ミステリーの良作です。

 一部ブログ、および読書メーターでは、やはりネタバレ全開。誰が「ヤギ」かはもちろん、最初から明白だと思われたはずなのに、読み続けていくにつれて、どんどん「予想内で辻褄が合わなくなっていく」ハードボイルド作家、錫井(もちろん、ペンネーム、です)の正体に至るまで、ネタバレしている悪質な記事アリなので、要要要注意です。万一の悲劇を避けるために、最悪例を名指しで暴露しますが、楽天ブログのkiyuさんのブログ「日々のあぶく?」というブログです。

  ブログのミステリー記事で、しばしばオチのオチまでネタバレしているケースを見かけますが、その種のブロガーさんの心理が謎です。「ネタバレなしで作品の真価は語れない」という返答がされると予想するのですが、専門的な作品研究や評論のブログでもありません。いわゆる「紹介レビュー」で、なぜネタバレ? 「本レビュー」というものは

・自分が読んで面白かった本のおススメをする

・同じ作品を読んだ方と共感を分かち合う

・読後投擲必至なクソ本への警告。被害者を増やさないように。

といつ目的で記事をアップしているのではないのでしょうか。

 

  それは、ともかくとして、本書の設定を読んで「米澤穂信さんの『インシテミル』のパクリか」と思った方、早とちりです。この「晩餐は檻の中で」は、”「インシテミル”より前に」書かれているんですね。作者さんはすでに50代。お年のわりに、柔軟なアタマを持っておられることは、この作品の「ハードボイルド作家・錫井パート」の笑える展開からも明らか。ハードボイルド探偵が挑む「悪」というのが、なんと・・・・・連発されるらしい無銭飲食シーンも、ハードボイルドとしてのクオリティを低めるために、じつに効果絶大なんでしょう。

 

 女性キャラが類型的すぎ、と思ったのですが、ああ、そういうわけだったのね、と。

 

惜しむらくは、よほどの密室マニアでないと、「檻パート」の終盤が、くどく感じられてしまうだろうという点。「錫井パート」が予想もつかないコミカル・サスペンス(こんなジャンルが実在しようとは!)として楽しめるだけに、かなり残念です。

 そして、もうひとつ残念なのは、作者、関田さんが本格ミステリー作家さんとしては大成しなかったということ。なんと、文庫化された作品が皆無、という悲しい実状です。おもしろい作品が必ずしも売れるわけではない・・・・・この原則、けっこう当てはまります。しかし、関田さんは筆を折ったわけではありません。青い鳥文庫の「マジカルストーン」シリーズ(各巻タイトルが「月の降る島」「幻霧城への道」「炎の龍と最後の秘密」などなど魅力的。ゴシック心をそそります)がヒット。児童小説家さんとして、活躍しておられます。