近ごろ、愛読させているブロガーさん、たごさくさんのブログで、再三、「盗作疑惑」によって絶版となってしまった飛鳥部勝則さんについて触れられています。

  そこで、検証サイトで明らかにされた事実と、それに対するマスコミ、ミステリ界の論調、および、その他、「これはパクリだ」と思われるのに制裁をくわえられていない諸作についても考えてみたいと思います。

 

・飛鳥部勝則さんの「誰のための詩織」に関する盗作疑惑

 この作品は、飛鳥部さんにとってはデビュー10作目という記念すべき作品だとのこと。この作品は、発売当時、ミステリーといての評価が非常に高く、そこへ湧き起った「盗作疑惑→自主回収→絶版」への流れは、飛鳥部さんのファンの一部の方々を非常に傷つけたようです。ただ、飛鳥部さんのファンの方でも「これは盗作と言われても反論できない」という声が多いのも事実です。

 

 つい数カ月前までは、最初の検証サイトがネット上に残されており、ことの詳細が明らかにされているのですが、このサイトはいまや閉鎖されております。そこで、私がサイトで読んで知りえた事実を記述していきたいと思います。

 

 「誰のための詩織」のパクリ元と特定されたのは、有名少女漫画家、三原順さんの作品「はみだしっ子」シリーズです。飛鳥部さんのファン、三原さんのファン双方から指摘があり、そして検証サイトにより実際の比較が行われました。

 飛鳥部さんは「はみだしっ子」の何をパクったと言われているのか。

 それは「会話文」です。「はみだしっ子」は含蓄に富む会話の数々が魅力のひとつです。その会話にそっくりな会話文が、「誰のための詩織」に出てくる「作中小説」の随所に多用されています(たごさくさん、すみません。以前、「パクリではない」と明記してしまいましたが、実際にネカフェで読み比べたところ、確かに会話文の多くがそっくりです。なぜ買わなかったかというと私は、三原さんの衒学趣味っぽいところが嫌いだからです)。

 たとえば、三原さんが「もう春が近いね」と言っているところを飛鳥部さんは「もう間近に春が迫っているね」と言っているような感じです(これは事実例ではありません)。このような類似会話文が、数十か所にわたり発見されています。確かに、これは否定しがたい事実であり、盗作と言われても反論しようがないのでは、と思います。ただ、飛鳥部さんを弁護する意見として、飛鳥部さんに近い立場の方から

「飛鳥部さんは、オマージュするべき作品として、「はみだしっ子」中の気に入った会話文をメモしていた。そのメモを、なんらかの手違いでそのまま、流用してしまった上、三原さんへのオマージュ作品であること、または、引用元として「はみだしっ子」を後記することを忘れてしまった」

というものがあったことを記しておきます。実際、飛鳥部さんは「好きな漫画家」として三原順さんをあげていた、とも言われています。

 

 通常なら、ここで、飛鳥部さん側と三原さん側が交渉し、どうするべきか話し合うのでしょうが、不幸にして三原さんは故人でした。そして、三原さんのファン側からの強い抗議が明文化される前に、これ以上の騒ぎになることを恐れた版元、原書房が「善処」し、速攻、自主回収、絶版への手続きを取ったというのがその後の流れです。

 この措置を「出版社側が過敏すぎたケース」と分類する見方をする人も多く、また、増えている感があります。

https://tamatsunemi.at.webry.info/201406/article_4.html

 

 ともあれ、この騒ぎのため、飛鳥部さんの作品は「誰のための詩織」以外の作品までもが、回収、絶版となるという非常に厳しい成り行きとなりました。

 

 では、今後、飛鳥部さんはどうするのか。実を言うと、飛鳥部さんは年末の恒例行事として出版され続けている「このミステリーがすごい」誌上で「わたしの隠し玉」として「今後の抱負、挑戦中の創作」について言及なさっています。とすると、このままミステリー界から永久追放ということはないのではないか、というのが希望的観測なのですが。

 

 ただ、ここまでの内容でおわかりいただけると思うのですが、飛鳥部さんは「設定」「世界観」「ストーリー」に関しては「パクリ」らしい行為をしていません。

 

 そこで、次に「設定」「キャラクター」「世界観」「ストーリー」が酷似しているにもかかわらず、公式には「パクリ」認定されず、制裁を受けていない作品について書きたいと思います。もちろん、「公式」には認定されていなくても、世評ではパクリと名高い作品群です。

 

・恩田陸さん

 ファンも多く、私も好きな作家さんなのですが、すでにデビュー作「六番目の小夜子」に「パクリ疑惑」が発生しています。

 パクリ元とされているのは少女漫画家、吉田秋生さんの「吉祥天女」。

 両方とも、ヒロインの名まえが「サヨコ」(漢字は違う)、その美貌の表現と人物の雰囲気がそっくり、ともにミステリアスな転校生。高校に転入してきた神秘的でカリスマ性のある女子高生が周囲の生徒たちを魅惑し、影響を与えていくという設定からして、すでにそっくりです。

 

 その後、有名なのが「チョコレートコスモス」。

 パクリ元とされているのは、超有名少女マンガ「ガラスの仮面」。

 演劇をテーマにした作品。ふたりの少女女優のライバル関係、という点を読んだ時点で「これ『ガラスの仮面』じゃん」という意見が噴出したようです。しかも、主人公の片方が幼児期から演劇のエリート教育を受けた華麗な美少女(東響子と姫川亜弓)、もう片方が素人同然で突然出現した、しかし、地味な天才(佐々木飛鳥と北島マヤ)と判明するや、「よくぞ、ここまで似た作品を書いた」という声が。

 これに対する反論は「『ガラスの仮面』はすでに類似作品が多作されており、これはもはや『ガラスの仮面もの』というひとつのジャンルである」というものです。クリスティの「そして誰もいなくなった」と同じケースというわけですね。確かに「ガラスの仮面」にインスパイアされたであろうという作品はたくさんあります。極端な意見では、二ノ宮知子さんの「のだめカンタービレ」までこのジャンルだ、と。しかし、「チョコレートコスモス」ほど、「オリジナル」に忠実な作品は他に類を見ないと思います。

 

あと、はてしなく怪しいのが「劫尽童女」

これは、元ネタは、ずばりスティーブン・キングの「ファイア・スターター」でしょう。しかし、いまさら騒ぐ気もおこらない、というのはこのジャンルこそすでに類似作品が多作されているからです。宮部みゆきさんの「クロスファイア」も、はてしなく「ファイア・スターター」に近い。超能力者が抱える「孤独」「疎外感」を描き、超能力が「恩恵」ではなく「呪い」となっている点におけるまでそっくり。

 

・佐藤亜紀さん

デビュー作「バルタザールの遍歴」が大問題。

この作品は、日本ファンタジーノベル大賞の初期の頃の受賞作なのですが、設定が萩尾望都さんの「アロイス」の丸パクリです。作者自ら認めている、その上で「アロイス」を超える作品を書いたと自慢している、と聞いたことがあります。

http://home.att.ne.jp/iota/aloysius/tamanoir/mdata/monk44.htm

 

要は、双子の片方が胎内で死亡、しかし、その魂のみ生き残っており、生まれた兄(弟かも)の肉体に魂が寄生しているという設定。現在はともかく、このマンガが発表された当時は、衝撃的かつ独創的な設定でした。萩尾さんらしくSFホラーに近い設定です。特にラストは鳥肌もの。佐藤亜紀さんは、この設定どおり、少年から青年に至るまでの物語としてファンタジーとして焼きなおしました。なぜ、そんなことを故意にしたかというと、当時のこの賞の選考委員の顔ぶれが(荒俣宏さん、安野光雄さん、井上ひさしさん、高橋源一郎さん、矢川澄子さんの5名)が、少女マンガを知らなさそうで「アロイス」のことも知らないだろうと踏んだからとのこと。確かに、この中で多少とも少女マンガを読んでいてもふしぎではないのは荒俣宏さんくらいです。なぜファンタジーの賞なのに、この選考委員なのかということは、当時、さかんに取沙汰されました。

その佐藤亜紀さんですが、その後、今度は自作「鏡の影」が、平野啓一郎さんの「日蝕」にパクられたと抗議、大賞の主催社である新潮社とケンカ別れしています。その後は、鳴かず飛ばずの作家さん。

ちなみに「アロイス」と「バルタザールの遍歴」を比べると、「アロイス」のほうが作品としてはるかに優れており、また面白いと感じます。

 

 最後に、パクった可能性は低い、あるいは皆無なのにそっくりな作品になってしまったという例をご紹介します。

 

・東野圭吾さんの「エンジェル」(「毒笑小説」収録)と篠田節子さんの「リトルマーメイド」(「静かな黄昏の国」収録)

相違点は天使と人魚のちがいと、ラストのオチのみ。ほんとにそれだけ。

私は先に「マーメイド」を読んだのですが「エンジェル」を読んだとき、既読感満載でした。

 

・ダニエル・キースの「アルジャーノンに花束を」と樋口有介さんの「月への梯子」

「月への梯子」が発表されるや、「パクリだ!」の大合唱。しかし、樋口さんは生まれてこの方ダニエル・キースを読んだことはなく(作家として、それもどうかと思うが)、驚くべきことに「読んでいない」という事実を証明できたようです。どうやって証明したのか、謎です。

 

・篠田節子さんの「子羊」(静かな黄昏の国)が、たぶん、最初

カズオ・イシグロさんの「私をはなさないで」と、映画「アイランド」。うりうたつ。

「子羊」を読むと「え、え~!?」と思うはず。発表年度は「子羊」が一番早いですが、英訳されていないので、イシグロさんがこれを読めたとは思えません。

 

探せば、パクリ疑惑っぽい作品は他にもあると思います。

 

長文になりましたが以上です。

結果として「文章の一部や会話が似ているとパクリ認定」されるが、「設定、キャラ、雰囲気、物語展開が似ていても無罪放免」ということになるようですね。なんか、すっきりしない感じです。設定や物語展開こそ、オリジナリティの点で重要だと思うのですが。

 

ところで、最初にあげた飛鳥部勝則さんの「誰のための詩織」、最近までアマゾンで1万円以上の高価格がついていたのですが、その最後の一冊も売れてしまったようです。もはや、市場で買うことはできず、読むためには図書館だけが頼りです。