岩木一麻さんの「がん消滅の罠 完全寛解の謎」(宝島社文庫)

 

   日本がんセンターの医師、夏目は、末期がんの患者が完全寛解(治癒)したという奇跡のような話を聞きます。同僚の医師、羽島と詳細を調べているうちに、また同様の報告が。障害者の娘を抱えるシングルマザー、小暮麻里。彼女は、保険会社のリビングニーズ特約つきの生命保険に加入。リビングニーズ特約とは、末期がん患者にかぎって死亡給付金を生前に受け取れるという特約。生命保険に加入したのち、彼女は末期がんに。さっそく3000万円の保険金を受け取ります。しかし、保険金を受け取ったのち、彼女の体からは、がん細胞が消滅。がんは治癒してしまったのでした。治癒しても、保険金を返す必要はありません。

  他に3件のおなじようながん消滅のケーズが判明。かれらはいずれも、湾岸治療センターで治療を受けていました。

  湾岸治療センターは、夏目の恩師、西條が勤める施設。そこで、夏目は西條が、がん消滅になんらかの形で手を貸していたのではないかという疑いを抱くのですが・・・・・・

 

 

  一年ほど前、ありとあらゆる書店で、派手に平積みされていた本があります。それが、この「がん消滅の罠」です。実際、ある書店の年間売上のトップを作品。「このミステリーがすごい!大賞」の受賞作でもあります。今年、はじめには唐沢寿明さん主演でドラマ化もされました。

 

  実際、それほどすばらしい作品なのか。しかし、対象年の各種ミステリーランキングでは(「このミステリーがすごい!」でさえ)見向きもされていない作品なのです。実際、2、3か月もたつと書店の平積みはうそのように消滅していました。あの一時のさわぎはなんだったのか。

  

  図書館の予約の順番が回ってくるよりも、文庫化のほうが早かったので、文庫を購入しました。これも、良く考えると不思議な話で、ふつう、単行本の文庫化にはすくなくとも2年以上かかるのが実情。それが、1年で文庫化というのは解せない話です。

 

  わたしは実は海堂尊さんをあまり高く評価していないので、医療ミステリーを読んだ場合、比較対象は帚木蓬生さん、日坂部羊さんということになります。

  まず、一読、文章のつたなさに、つまずきそうになりました。これは、アマゾンのレビュワーさんの指摘する専門用語の多さによるものではないと思います。今は読みやすいとのお墨付きの東野圭吾さんもデビュー作「放課後」の文章はけっこう惨憺たるものでしたが、「がん消滅の罠」の文章はそれをはるかに上回る悪文だと思います。

 

  そして、小暮麻里たちが完全寛解した理由。

  悲しいことに、これは読んでいるうちに察しがついてしまうんですよね。

 

  小暮麻里の完全寛解にはある人物が絡んでいるのですが、その人物がからんでいるもうひとつの不可解な事象に、政治家などの有力者のがんが早期転移し、たちまち末期がんとなったのち、完全寛解するというものがありました。これに関しても、察しのいい読者なら感づいてしまうでしょう。察しのいい、とは、医学知識的に、ということではなく、ミステリーオタクとして、という意味です。それほど単純なミステリーです。

 

  ところが、ここに、その人物が絡んでいるもうひとつの事件が明らかになります。その事件が、とってつけたようで、前ふたつの事件とうまく調和していません。はっきり言えば、ふたつのミステリーを無理やりひとつの医療ミステリーとしてまとめ上げたという感じです。

 

  共感できる登場人物が少ないのも致命的。しいて言えば、女手ひとつで障害児をそだてている小暮麻里くらいなものでしょうか。

 

  批判ばかりのレビューになってしまって、申し訳ないのですが、この作者の本領が明らかになるのは9月7日出版予定の受賞後第一作「時限感染 殺戮のマトリョーシカ」で、ということになるのではないでしょうか。