主な趣味をあげると、

 

読書・音楽・映画・散歩・ゲーム

 

これらを神経の緊張と弛緩という観点で考えてみる。

 

①読書

ビジネス本とかお勉強系が多いせいか緊張やら弛緩というものはあまりなく、ある突然に知識の点と点がつながったりするいわゆるブレイクスルーの時にはニューロン的な動きは感じる。

 

②音楽

ドンシャリで気分を高揚させて緊張にもっていったり、ローファイでシンプルな譜割りを気にしないでただただ受け入れる弛緩も自分で選択している。

 

③映画

2時間ほどをかけて緊張したりそれを開放させたりしている。ただそこにもっていくまでは長いし、つくりによってはだれる。しかしそれでもゾンビものとかB級映画がたまらなく好き。

 

④散歩

ただの弛緩だと思っている人は距離が足りない。帰り道は基本過緊張。ドライブとかと違って時間よりも体力が肝になる。でも弛緩メインなのは認める。

 

⑤ゲーム

ジャンルというかやり方次第で緊張をどんどん高められる。好きなジャンルはシミュレーションとか箱庭ゲーとか操作技術を要しない作業効率と修行僧のような精神を求められるやつ。

 

 

ここまでなにをまとめているかというと、趣味になりえるものは

・なにかしらの欲がありそれを満たす場合

・欲自体を見つけてそれを満たす場合

 

無趣味というのは欲を探すのが下手なのか、もう欲がないのか

昔になにかのTVドラマで老人が若者に

「無駄にするならオレによこせ、オレにはまだやりたいことが山ほどあるんだ」

というのが印象に残っている

 

 

時間はみな平等に流れるとはいうが、欲は平等にないことが「平等」にたどり着かない原因だとおもう。欲が満たされない人はそれだけで不幸になり得る。心が乾いているんだから。

満たされたい、満たしたいは争いのもと

 

 

だれかオレにも時間ください。

まだゼルダクリアしてないんだ。

 

そんなQ