ある人と話をしていて、「出会い」と「別れ」についての話になった。

「出会い」と「別れ」は誰もが経験することである。

何かの「ご縁」で知り合い、ふっとしことが原因で「別れ」てしまう。

「出会い」はいいとして、分かれる場合って、何故なんだろう、と。

でも、自然にそうなった場合は、それで良しと考える。

結局、考えても分からないからだ。

そして、後になって、ふと気がつく。


「やっぱり、あの人とは縁がなかったんや。」と。

⇒実際に生活環境や生まれた環境、考え方が違う場合が多い。類は友を呼ぶのである。


「結果として、よかったんやと。」と。

⇒その時は辛い思いをしたと思うけど、結果は○となっている場合が多い。

 

こんな言葉がある。


『小才は縁に会っても縁に気づかず、中才は縁に気づいても縁を活かさず、大才は袖すりあった縁をも生かす。』

(柳生家家訓)


すべてのことは「縁」だと思います。

一見、良くないことに出会っても、「こうなるには何か意味がある」と考える。

むしろ、「この現象は、○○○の前ぶれかもしれない」と希望を持った方がいいのかも知れません。