吉川英治の「宮本武蔵」。
最終章(八)の最後に、にこんな言葉が出てくる。
波騒(なみざい)は世の常である。
波にまかせて、泳ぎ上手に、
雑魚は歌い雑魚は踊る。
けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。
水のふかさを。
小次郎にまだ息のあるのを見た武蔵は、手当による蘇生を期待して、止めをささずにその場を去ります。
しかし、武蔵の真意を知りえない人たちは、そのことを武蔵の狼狽によるものと非難しました。
多分、私なら、止めを刺していたと思います。
人の噂や、風潮に流されてしまうことは、人生を生きていくうえで簡単です。
人の心の奥深くは、よほどの修行を積まないと容易にはかり知ることはできません。
武蔵は、これを「鍛錬」と言っています。
自分の主観を入れず、相手の思いを理解できれば、真意を見誤ることなく、適切な行動ができます。
表面だけを見ていてはいけないということです。
私には、なかなか難しいことで、その境地にはなかなかなれません。
俗本にも書いてあるように、自分の信念のままに100%純粋に生きられたら、どんなにいいだろうとも思います。
でも、なかなかできません。
あなたはどうですか?