ちょっと久々に語ります
あんまり人に言わない話…

24時間テレビを見て
あたしは一人の人との思い出に浸りました




その人は
母親の弟
あたしのおじの
あき兄ちゃんです


あき兄ちゃんは生まれた時から障害者でした

表現として使いながら使うたび
障害者って言葉がなんかあたしの中でしっくりこないっつーか好きじゃないけど


足も手も動きません
うまくはなす事もできません
おばあちゃんとおじいちゃんは
あき兄ちゃんが子供のころお家に隠してました


あき兄ちゃんはあたしが子供の時からずっとずっと一緒に住んでました



大人になったあき兄ちゃんは
部屋の中では車椅子で
いつも音楽聞いたり
ビデオ見たり
うまく足で機械を使いこなし
あたしより機械に詳しくて…


ストローでお酒も飲んでました

飲み過ぎては車椅子から滑り落ちそうになり
おばあちゃんに
「おみゃーしっかりしやぁ」
って怒られてました

ドラゴンズが勝つと車椅子が壊れそうなくらい
暴れて喜んでました


あき兄ちゃんは
器用に両足を使い
兄姉あたしを
カニばさみするのが大好きでした

くしゃくしゃの笑顔で痛がるあたしたちをからかって遊んでました

あたしは本気でそれが怖かった……
あの足は人が殺せるって思ってたもん


外では電動車椅子でウエストポーチにストローを入れて
ビアガーデンでもどこでも行っちゃう人でした


活発で元気なあき兄ちゃんは
家族が知らないとこで
たくさんの人に愛されてました



そしてそんなあき兄ちゃんも24時間テレビ出演者です



あたしはそのころまだちっちゃくて
なんでうちにテレビ局の人がちょくちょく来るのか全然分かってなくて



なんも分かんないまま
あたしもテレビ初出演☆


そして大人になって
そのビデオを見て気づいたんですが


あたしが幼かった時代に電動車椅子で障害者の人間がそんなひとりで活発に動いてるのは
当時衝撃的だったようです

あたしはあき兄ちゃんという障害者しか知らないから 分かってなかったけど あき兄ちゃんはとっても活発な障害者で…

それでテレビ出演の話がきたみたい



あたしはなんだかそんなあき兄ちゃんがとっても誇りに思いました


かっこいいやんって…


でも子供のとき
家族にもうまく言えなかったんだけど
あたしはよく泣いていた


あたしはあき兄ちゃんが大好きで大切な家族で…

でも子供って残酷なものでバカにする子も出てくるんです


この時分かったこと
人は自分の事より自分の大切なものを傷つけられたほうが腹が立つ
小学校三年で知りました

あとあき兄ちゃんの事ではないんだけど

面白がってクラスのみんながわざとクネクネ歩いて【身傷】っていう略した言葉で呼び
笑い合っているんです


わたしはその光景を直視さえ出来ませんでした


なんだか
とっても悲しくて…
おじさんがバカにされてる様な気がしてなのか、なんなのか……

ただただなんでそんな遊びが笑えるのかが本当に分からなくて

みんなの笑顔が悪魔に見えてただ悲しくて

でも止めなよって言うこともその頃は出来なくて
そんな自分にも悲しくて
みんなに背を向け
ツーって涙を流したのを覚えてる


最低…やめなよって初めていえた日は
気持ち良かったなぁ

意外と言ってみれば
ほとんどの子が
「そうだよ」って言ってくれて安心したんだ


きっとこの記憶
小学校の同級生の中でもあたししか覚えてないだろうなぁ


みんなにはきっと何でもない事だったと思う


あたしは残念だけど一番の思い出になっちゃった



でもあの頃子供ながら思ったんだ


人の痛みがわかった自分はある意味
あき兄ちゃんを家族に持てて幸せだって

わかんないみんながかわいそうだって


そのあたしの大好きなあき兄ちゃんは数年前にもう亡くなりましたが



とんでもない数の人達があき兄ちゃんのお見送りに来てくれて

たくさんの人が涙を流し
泣き崩れる女の子までいて

障害からの顔の歪みも命と共に消え
すべての人間が初めてあき兄ちゃんの普通の顔を見ることが出来て…
それが本当にかっこよくて

家族は
「あれ?格好良かったんだね…」って


顔を見ていってくれた人はみんな
その格好良くなったあき兄ちゃんの顔に少し笑顔になり

なんか
カッコ良く人生しめちゃったあき兄ちゃん


頑固でわがままであたしにめちゃくちゃやさしかったあき兄ちゃん

見守ってくれてますか?亡くなった一週間後
元気に走り回るあき兄ちゃんを夢に見ました
今も天国で走ってるかなぁヽ(´ー`)ノ







おいっ
転けるなよ(o^_^o)
あき兄ちゃん☆