ある投稿にジャングルジムは脳と体幹を鍛える。

こんな投稿があった。


最近は老朽化で危険だからと撤去され、そのまま造り直す事なく消えている公園が増えてるらしい。


子供の頃を思い出した。


5~6歳。幼稚園に通っていた時。


当時、【砂場】【ブランコ】【溜池】【回転遊具】【鉄棒】【シーソーのようなもの】【ジャングルジム】があった。


他の子が何かに集まり遊んでいる時、自分はいつもブランコにいた。

ブランコが特別好きだった。


他の子がブランコに来ると、自分は他の遊具に移動していた。


ただ、全く一緒に遊ばなかった訳ではない。


一緒にジャングルジムに登った記憶もある。


ジャングルジムは脳と体幹を鍛えるというのを見たが、それはあるかもしれない。


但し、基礎があっての追加トレーニングだと思う。


仕事もそうだが、動く事が出来ないくらいの何も能力が無い人に仕事を教えても、何も出来ない。


それと同じく、基礎体力を付けるとか、基礎能力を上げるといっても、基礎の基礎が無いと、能力は上がらない。


ジャングルジムに登る時、いつも他の子より遅かった。


しかもジャングルジムで怪我をする子は自分以外いなかった。


どういう怪我かというと、ジャングルジムというのは、鉄のキューブの集合体のようになっている。


その形を理解して遊ばなければならない。


自分はそれが理解し難かったのか、良く頭をぶつけていた。


それに加え、良く落ちていた。


キューブ状の隙間から真っ逆さまに落ちて泣いていた事もあった。


他の子は、そんな事していた記憶がない。

他人の事だから見ていなかったり気付かなかっただけかもしれないけど、それでも登るスピードは明らかに他の子の方が速かった。


今の自分が当時の自分を観察し、発達障害の診断を薦めたかった。

時間を長く感じられるから=人生を長く感じる事が出来るからじゃないかと思った。


自分は二十歳以降、これまでの時間、早かったように感じる。


新しい事をすると、それを覚えなければならない事や新鮮な体験として、人は長い時間感覚になるらしい。


もし家でずっと寝ている毎日なら、それは毎日同じ事をしている事になり、新鮮感がない。

覚える必要もない。


後で思い返した時、特に印象がなく短い時間として記憶される。


色々な体験をしている人程、人生が長くなる。


とは言っても医師から『何も出来る事はない。仕事をするなんて論外』と言われてしまっている自分には、やる事がない。


面接に行けば年齢と過去の経歴の多さ(短期で辞めている職歴)で落とされる。


使えなければ辞めさせれば良いと考える企業・団体には、入れてもすぐクビか賃金未払いになる。


経験をしようと思っても出来る事が1つも無い人間は、どうしたら良いのだろう?


唯一出来る事は、危ないからという理由でやらせて貰えない。


二十歳以降、早かったな。


時々言われるのは『何故、車と機械の免許が取れたのか?』という事。


これは教習所に行ったからではない。

教習所に行く遥か前、5-6歳で理解出来たから。


だから教習所は自分にとっては復習みたいなものだった。

出来る事をやらされるだけだった。


でも会社は知らない事、出来ない事をやらされる。


理解出来なくて、頭で雰囲気が分かっても細かい動作が分からず、いつまでも出来ない。


『半年経っても何も成長しない。何なんだお前は?』

そうなって辞めさせられる。


経験というのは、理解出来たり、実行出来た時に意味がある。


それが出来なければ、何十年続けても無意味。

人は失敗から学ぶ。らしい。


でも自分には、その感覚が欠如している。


出来る事って、閃きが無いと出来ない。


閃きというと、凄く難しい事や、発明など大きな成果を成し遂げた事と思うかもしれない。


でも自分の閃きは違う。


普通の人が普通にやってる事さえ、閃きが無いと、いつまでも出来ない。


鎌(カマ)という物がある。


昔から使われている、草を刈る道具。


子供の頃から触っていたが、何故あんな形をしているのか理解出来なかった。


鎌といっても形が違う物がある。


一般的なのはコレだと思う。



もう一つはコレ



2つ目の鎌は理解出来た。

そのまま振れば草が刈れる形。


でも1つ目は理解出来なかった。


刺す道具か?と思うような形。


中学の時、1枚目の写真の鎌を渡され、学校周りの草を刈るイベントがあった。


草を刈りたいのに空振りというか、振っているだけで全然草が刈れなかった。


教師に見られ『お前は鎌も使えねぇのか?』と呆れられた。


それ以降、鎌を持つ事が殆ど無くなったが、ずっと分からないままだった。


4~5歳から15歳まで、家にもあったし持つ機会はあった。


でも使い熟す事は無かった。


それから数十年、親戚の農家の手伝いに行った。


そこには都会から若い子が手伝いに来ていた。


その子も鎌が使い熟せてなかった。


親戚が使い方を教えた時、衝撃を受けた!


鎌って、そんな風に使うんだ⁉️


数十年経ち、初めて鎌の使い方を覚えた。


定型発達は、人が使っているのを見ただけで分かるのかも知れない。


こんな年数が経ち、鎌の使い方を覚えられるとは思わなかった。


それ以外にも出来ない事は未だに沢山ある。


雑巾で床を拭くとかゴミをホウキで掃き出して片付けるとか、誰もが悩む事なくやっている事が、未だに難しい。

ぎこちないから体を痛めたりする。


でも、健常者には、何故分からないのかという事が分からないらしい。


出来て当然。考えるまでもない。

そう思っているらしい。