初詣ルーティン第二章は、一番家に近い停留所がある阪堺電車に乗って行く、お骨仏の寺『一心寺』からスタートです。


『浄土宗 一心寺』には両親の分骨をしています。浄土宗のお寺ですが宗派を問わず分骨を受け入れていてたくさんの参詣者で賑わっていました。



一心寺から歩いてほどないところにある聖徳太子が建立した『四天王寺』です。こちらもたくさんの参詣者で賑わっていました。


大阪シティバスの四天王寺前バス停で待っていたら強い北風と共に、突如雪が降り始めました。通り雪の短い瞬間でしたが、風に飛ばされて道路に波打つように舞う姿がとても綺麗でした。

地元の校区にある仁徳天皇建立の『阿倍王子神社』です 。大阪市内八軒屋浜から熊野へ続く熊野街道の際にあり、古くから大阪庶民の信仰を集めている神社です。こちらは一番立派な阿倍野筋側の鳥居ですが、本当の正面は熊野街道側です。こちらもたくさんの参詣者で賑わっていました。大阪シティバス王子町、阪堺電車上町線東天下茶屋が最寄りになります。



阿倍王子神社の近くにある安倍晴明生誕の地『安倍晴明神社』は、阿倍王子神社の「境外末社(飛び地境内社)」です。阿倍王子神社は「阿倍野」の地名の由来となった豪族・阿倍氏の氏神・氏寺で、熊野詣の王子社ですが、その敷地内に、陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)の生誕地とされる場所に、安倍晴明を祀る安倍晴明神社が合祀・再興されました。この手前の煉瓦敷の道が熊野街道です。


阿倍王子神社が地元校区の東端で、その対角の西端にあるのが、『天神の森天満宮』です。住吉街道(紀州街道)沿いにあり、菅原道真が大宰府に左遷された際、住吉大社に参拝する時に休憩した場所に、京都の北野天満宮の分霊を奉斎し創建されました。
戦国時代、茶人の武野紹鷗が境内にある「天神の森」から湧く泉水を愛し、森の一隅に居住したため「天神の森」は「紹鷗の森」とも呼ばれ、別名を『紹鷗森天満宮』と言います。
豊臣秀吉が淀殿の懐妊時に、安産祈願のために当社に参詣したので『子安石天満宮』とも呼ばれます。秀吉は、当社付近から湧く名水「恵の水」を好み、住吉大社への参拝や堺への往来の際にはこの付近にあった茶店で休息し、茶の湯を楽しんだので茶
店は『天下茶屋』と呼ばれるようになり、天下茶屋 村の地名となりました。

境内では書き初め会が催されていました。阪堺電車阪堺線天神ノ森、南海電車岸里玉出が最寄りとなり、南海電車大阪メトロ『天下茶屋』からは離れています。ちなみに、地元校区は阪堺線までで、天神ノ森電停の西側に位置する天満宮及び住吉街道は校区外です。
