先週、先輩たちとお酒を飲んでいたら、
途中で、長野に住むお友達から電話がかかってきた。
「ん?どうしたんだろ?」と思って出てみると、
私が間違えて電話をかけてしまっていたらしく
(一文字違いのお名前の人に電話するつもりが、間違えて…)
着信を見て、折り返し電話してきてくれたのだった。
ごめんなさい~笑。
でも、
そこで「あ、間違いだったんだー、了解!」で終わらないのが
この人の素敵なところ。
いつも不思議なご縁で会ったり(巣鴨のマックではち合わせたり!)、
こうやって、間違い電話をきっかけに話したり、で、
結局、このときも、40分くらい「久々だねー」と話に花が咲いた。
私は、先輩たちに申し訳ないなーという気持ちはありつつも、
抜け出して、新橋の烏森神社の前で一人、しゃべってた。
変なシチュエーション、と思いながら(笑)
つながりますね、
いろんなところで、いろんなきっかけで^^
さっき、エーゴの歌詞を紹介しましたが、
エーゴが大好きだったはずの私も、とんと遠ざかってます。
仕事がまったくドメスティックなため、
そして、まったく自分に余裕もないため、
あんなに好きだったはずの、Englishにまったく触れない日々。
そんなのが、早や数年。
最初のうちは、
「あーこれはマズイ!」と思ったり、自分に鞭打ったりで、
勉強したり、使おうと努力していたりしたけれど、
最近は(あきらめではなく)、
自然な距離で付き合えるようになった気がします。
エーゴちゃんと。
好きだからといって、別に使わなきゃいけないわけじゃない。
使わないと損だというわけでもない。
それが、「マズイ!」「やばい!」状態なわけではない。
かといって、英語の音が好きだなぁとか、
アーティストが好きだなぁとか、なんとなく心地いいな、みたいな
そんな気持ちはごく自然に持っていればいいわけで。
強迫観念を振り払って、フラットになると、
ふっと楽だし、楽しめるようになる。
なんでもそうだと思うけど、
私の場合は、英語と一心同体な生活をしてきたし、
「そうあるべし」という心掛けの中でずっと暮らしてきたから、
その自分の"アイデンティティ"みたいなものを手放すのが怖くて、
ずっととらわれていました。
決めごとを作らない。
いーじゃん、と思う。
そういうひとつひとつのことで、だいぶ楽になりました。
そしたら、
さっきみたいな突然のつながりも、ふわーっと楽しめたり、
すごーいと思えるようになりました。
今日はいい天気で気持ちいいわ。
そんなのも楽しい気持ちを加速してくれます。