あの日から1週間がたちました
あの日あの時
わたしはちょっと遅めの昼食を終え
試験期間中ですでに帰宅していた息子と
1階のリビングでテレビを見ていました
たまたま代休を取っていた旦那は2階で
母は自室でテレビを見ていたようです
すると旦那が慌てて駆け下りてきて
「緊急地震速報が出たっ!!!!」
ほどなくユラユラとし始め
揺れはみるみる大きく
慌てて火の元を確認し
(でもガスの元栓を閉めている余裕はなかった)
玄関を開けて出口を確保し
倒れるもののない廊下に出て
タンスの前のソファに座ったまま固まっていた母を
部屋から引っ張り出し
揺れは何分続いたでしょうか
その間にも大きな揺れが2、3回来たような
外からはものすごい轟音がしていました
やっと揺れがおさまり外へ出てみて…呆然
道路がぱっくりと割れ
あちこちの塀があらゆる方向に傾き
門扉は歪み
一瞬で世界が変わっていました
道路と家の敷地が10センチくらい段差ができていて
これ以上ひどくなったら車が出せなくなると思い
とっさに車を道路へ出し
するとほどなく
駐車場にできた亀裂から多量の泥水が噴き出してきました
泥水は5センチくらいたまったでしょうか
とても粘性が強く
まるで固まりかけのコンクリのよう
足を踏み入れてしまったらなかなか抜けられない
車を出しておいて正解でした
外に出ている間も大きな余震は2回ほどあり
電線が大きく揺れ
ぱっくり割れた道路はまるで水に浮かんだ離れ小島のように
アスファルトの地面がユラユラ動き
10年ほど前の増築時につけた大きな玄関収納が
(もちろん壁に固定されてはいるけど)
地面から浮いているような付け方になっていて
それがいつまでも船のようにギーシギーシと音を立てて揺れていたのが
かなり怖かったです
テレビはずっとつけっぱなしになっていたので
震源が宮城県沖と聞いて
遠く離れたここですらこの状況
震源地は一体どうなってしまったんだろう
首都機能はどうなるんだろう
(その時は都心もすごい被害だと思っていた)
と恐ろしくなる反面
自分の目の前の光景がまるで映画のようで
いまいち現実味がないというか
大きな揺れもおさまり
みんな家の中に戻り始めて
都心にいる父ともすぐに連絡が取れて
とりあえずひと安心
でもその後はどうしていたんだか
あまり記憶がない
たぶん
避難する時のために貴重品や生活用品やちょっとの着替えを
あわててカバンに詰めて
毛布をかき集め
とにかく
家の中が別の意味でひっちゃかめっちゃかになっていた
家も傾いてたし
ひびが入った柱もあって
次大きいのが来たら家が危ないと思ったから
いつでも逃げ出せるように
夜は1階に布団をおろしてきて
2枚の布団に3人で寝たけど(息子はもう高校生なのに)
テレビは一晩中つけっぱなし
何度となく流れる緊急地震速報におびえまくりで
わたしは一睡もできませんでした
ちなみに…
当時2階にいた旦那はテレビを見ていなかったけど
下で母が見ていた国会中継で
緊急地震速報が流れたのが聞こえたんだって
母は普段からものすごい大音量でテレビを見ていて
普段はそれがうるさくてしょうがなかったんだけど
今回はそれが幸いしたようです
しかし
私と息子が見ていた金八先生の再放送では
地震速報は出なかったぞ!!!!!!
どーなってんだTブーS
だから地震後も
怖くてTブーSは一切見ませんでした