幼く小さい頃、そして若者と言われた過去。
その頃も今と同じく多く風景や出来事があったと思う。

当たり前の日常に特別な思いも持つ事もなく、
気づくこともなくただ似たような毎日を過ごす日々。
恐らく自分という物がはっきりと解っていなかったろうし
自身に目を向けることで精一杯だったんだろうと思う。

すべての人が同じではないだろうけれど、
そんな頃は、色々な状況や現実が難しく混乱はするものの
心の基本的な部分の形は違っても無垢で潤っていたはず。

最近は窓を開けたいつもの景色が季節や時間帯によって
まるで違って見えるし、そして何かしら気がついたり・・。
暇とか疲れとかそんな話ではなく、そのとき聞こえた街の音ですら何かを思わせる。

風景や物、不意に起きたことがらに目を止める・・音に耳を傾ける・・
そして少し立ち止まって何かを感じて思う。
「枯れ」そう枯れて来たんだと。

「枯れ」というのはただ枯れ葉のように終焉を思わせる言葉ではなく、
生きているということの本当の潤いに意味を持たせる大事な言葉。

枯れから感じれとれる少し深くなった日常。
さーて、これからが本当の楽しみだ。

えっ!ただ歳をとった話を意味ありげによくまぁ長々と?
ちょーめんどくさい!

ハハ、でもこの面倒くささがいーのよ。
時が経てばあなたもそうなりますから、きっと。