この前の物理の授業のつづきです。
水の入ったバケツを振り回したとき、バケツが真上に来ても水はこぼれません。
↑ネットからお借りしました。
水が落ちない理由を、高齢者向けの数学(理科)教室で、生徒さんに分かってもらうには、大分苦労しました。
でも、皆さんとても熱心ですから、一所懸命理解に努めてくれました。中高生とは大違いです(笑)。
なぜ水が落ちないかというと、変に聞こえるかも知れませんが、バケツの底が水を押しているからなのです。言い換えると、腕がバケツをこちら側に引っ張りつづけているからです。
「バケツの底が水を押しているなら、水はこぼれてしまうではありませんか」という、実際に出た質問に対しては、こう答えます。
まず、バケツを回す運動が加速度運動なのだということを知っておく必要があります。円運動では、瞬間瞬間に物体(バケツ)の運動方向が変化しますが、運動方向を変化させるには力が必要です。
力が働いているということは、加速度がついているということです。つまり、バケツは回転の中心方向への力(向心力)を受けて、常時落下しつつ回転するのです。一定以上の運動速度があれば、落下し切ってしまうことはありません。このことは月や人工衛星が地球に落下しないのと同然です。
↑(ネットからお借りしました)
上の図で青色の矢印はバケツの速度(速度ベクトル)を表します。すると、瞬間瞬間に赤色の矢印の方向(直角方向)に加速度(つまりは力)が生じます。
・・・・と、ここまですんなり説明できたような言い方をしていますが、全然そんなことはなくて、よくて中学レベルの数学・理科の知識しかない生徒さんに、ベクトルだの速度の合成だのを説明してわかってもらおうとするのが間違いで、かなり強引に「そういうものだ!」で押し通した面はあります。
「さて、中心向きの力(向心力)が働くとどうして水は落ちないのでしょうか?」と、改めて問いかけ、肝心の説明に入ろうとすると、またまた「それは向心力とつり合う遠心力が働くからではないのですか?」と蒸し返しが始まります。
遠心力が好きなんです。私たちの生活にも入り込んでいる術語ですから、無理もないのですが。
しかし、心を鬼にして、「いや、それはありません!そもそもこの運動は加速度運動なのでありまして」と、何度も言ったことをくり返し、「加速度運動をしている物体にはつり合い力は働きません。裏を返せば、つり合わないからこそ加速度運動をするのです。ここでは遠心力が登場する舞台はないのです」と、強引に認めさせます。
それでようやっと、「バケツの底が水を押しているので、水は落ちない」の説明に入れることになります。
まだ首を傾げている生徒さんもいるので、もう下手な説明は抜きにして、簡単な実験をやって見せることにしました。(これ、どこかで見た実験で、私の独創ではありません)。
手のひらに折りたたんだティッシュペーパーを乗せます。手のひらをバケツの底に、ティッシュペーパーを水に見立てるのです。手のひらをひっくり返しますと、当然ティッシュペーパーは地球の重力に引かれて下に落ちていきます。
しかし、手のひらをひっくり返した瞬間に、下方に向けて加速度をつけて引き下ろしますと、ティッシュペーパーは手のひらから落ちず、くっついたままになります。ゴキブリを叩くときの、あの素早さが必要なんですけれどね。
↑ここから手のひら返しを行ないます。
ほう!と感嘆の声が漏れます。材料費ゼロ円の実験にしては、効果満点でした。
ティッシュペーパーが落ちないためには、ある程度以上の加速度が必要です。その加速度とは、地球の重力加速度(9.8ⅿ/s²)を超える加速度です。
ということは、重力加速度以上の加速度を生じるような力でバケツの底を押してやれば(これはバケツを回す腕の力なのですが)、水が落ちることはないのです。遠心力なるものを導入する必要性は全くないことが理解できるでしょう。
・・・・これで大団円ならめでたしめでたしなのですが、更なる苦難が待ち受けていようとは、この時は夢にも思いませんでした(笑)。
(つづく)