「ヒョクチェさん、大げさだよ」
張り付けたような完璧な笑み、合わない視線、不自然なほど落ち着いた声色。
初めて会った日以来見ていなかった、ドンヘの穏やかでいて完全な拒絶。
ここでそうくるか。
「なんで出ていくと思ったの?あ!浮気するって書いたあのメモ?」
ドンヘがヘラヘラと笑って、大げさにリアクションするのをヒョクチェはぼんやりと眺めていた。
ドンヘは怒ってくれると、思っていた。
“ヒョクチェさん、俺のことほっときすぎ!ひどいよ!”
ドンヘを探して、見つけて、謝って、怒られて。
どこかで、無条件に帰ってくれると思っていた。
あの浮気宣言も、それとかみ合わない服装も、ひどく自分に都合のいい解釈をしていた。
「あんなの本気にしたの?ダメだよ、ヒョクチェさん。気を引くためのウソに決まってるでしょ」
ヒョクチェさんも、まだまだ俺のこと分かってないんだから~と色気たっぷりの笑みを浮かべて腕を組まれ、思わず振り払った。
結局、何も変わらない。
何もかも、出会ったあの日のままだ。
「……っ、あー!怒った?怒った?」
「やめろ!……やめてくれ、頼むから」
空しすぎる。
心ごと欲しいと、あの日からずっとそう願っていたのに。
また、自分の前から消える気だった。
見つかった今でも、明日には消える気でいる。
「何が?」
「なんでだ。俺、何か間違えたか」
「なんのこと?」
「俺の前から消えるのはなんでだ」
ドンヘから表情が消えた。
表情が消えたと同時に目が合った。
途方に暮れたような、空しさと悲しみの入り混じった視線にこちらが目を反らしてしまいそうだった。
「なんで、分かってて聞くの」
「当たり前だろうが!」
「嘘ついて、傷つけて、消えようとしてる人間を引き留めるのが当たり前?」
「俺は、ドンヘにそばにいて欲しい」
「な、なんで、今言うの」
「ドンヘがいないと寂しい」
「……俺は、ヒョクチェさんにとって何?」
「……」
「言えないでしょ?もういいよね。俺、ヒョクチェさんのわがままに付き合うの疲れた」
さっきまでの感情のこもらない声ではない分、響く。
でも、まだだ。
ヒョクチェはドンヘの次の一言を待った。
「俺は、俺のこと、好きだって言ってくれる人がいい」
「言っていいんだな」
「え?」
驚いて反応ができないでいるドンヘを引き寄せて、思い切り抱きしめる。
身体をこわばらせているドンヘの背中を優しくなでる。
何度も抱きしめて、すでに腕に馴染んだドンヘの身体。
それでもまだ身体をこわばらせるドンヘの髪に、頬に、鼻先に口付ける。
あの日から、一度も触れていない唇に触れたい。
間に合わなかったかと思った。
やっと、言える。
「ドンヘ、俺の恋人になって下さい」
つづく
