「國破れて マッカーサー」 西 鋭夫著
おわりに
1945年の夏以来、日本人は自国の永い歴史を忘れ去りさえすれば、「世界中のお友達」
の理想郷が出現するとでも思っていたのだろう。どの国の歴史も、戦争と平和の歴史だ。
イギリスの歴史も、アメリカの歴史も、中国の歴史も、生きてゆくための戦争と平和の歴史だ。
この事実を知らない日本ではない。
戦後の日本国民は、第九条に甘えた。この甘えを助長したのは、アメリカ。日本がアメリカに
甘えれば甘えるほど、アメリカに都合よく操られた。この単純な上下関係が、今も続いている。
日米安保条約である。
マッカーサーは、「民主主義」「平和」という言葉を頻繁に使ったが、「平和」の裏に、マッカーサーの
恐怖心、日本民族に対する戦慄感があることを見逃してはならない。彼は、日本人に平和を
望んでいたのではなく、日本人の弱民化を実行していたのだ。アメリカの国家安全のために、日本人の
誇りを潰した。
アメリカに飼い馴らされた日本人は、「誇りの骸(むくろ)」を「平和」と呼ぶ。
……………
我々の魂と誇りの情炎が、二度と燃え上がることもなく、国の宝であるべき若者たちは、
国の歩みも知らず、感動する夢やロマンを見出せず、我々富国日本の住民は、二千年の
国史をむざむざと犠牲にして、打ち拉がれた精神状態のまま、寂しく亡国の憂き目を
見なければならないのか。
……………
歴史に夢を活かすため、夢に歴史を持たせるため、我々が自分の手で、「占領の呪縛」の鎖を
断ち切らねば、脈々と絶えることなき文化、世界に輝く文化を育んできた美しい日本の
山河が泣く。
日本占領政策の全権を米政府から付託された軍人マッカーサー元帥が、1945年8月28日に
厚木に上陸して以来、どのようにして敗戦後の日本を統治したのか?詳しく知りたかった!
天皇を存続させたのは、天皇に戦争責任が無いと判断したからではない。そのことがよく分かる。
それは、日本の要人と米国の国務省(アチソン国務大臣)、国防省(ジョンソン国防大臣)等との
やりとりから、本当の理由が見て取れるからだ。
連合国側の人間の精神年齢を45歳、日本人のそれを12歳と見積もることで、敗戦下の日本では
どのような強権的なやり方も許されるのだという考えがあったようだ。国際法などあって無きが如くに。
日本が二度と覇権を握ろうとすることが無いようにするためには、日本人の精神構造を変える
(洗脳する)こと以外にないと判断するに至った経緯が詳細に描かれている。表向きは、民間情報教育局
(C I E)を送り込み、その実民主主義・平和の名のもとに、あらゆる分野で日本の文化・伝統を抹殺し
米国様式を押しつけることを目論んだ経緯が、日本の知識人とGHQ,CIEとのやり取りの中に描かれている。
朝鮮戦争(1950年6月25日~)では、その戦略の違いからリベラル派との軋轢の末、最終的には
1951(昭和26)年4月11日、トルーマン大統領から解任される。当時の日本人は、マッカーサーを
「平和の使者」として好意的に受け止めていたようだが、この本を読んでいくうちにそれは大きな誤解
だと思えた。
マッカーサーが如何に冷酷に虚言と脅しを駆使して、日本人に対処してきたかがよく分かるし、それは、
