象牙の塔/es-navy



彼方此方に箍はひしめき合い
弾ける時を今か今かと待つ

彼の宇宙は回る回る回る
カビた紙の薫りをインクにして

山積みの本 知見の奥底
及ぶなら私に知恵を

幾年を過ぎたか 昼夜も分からず
ただ彼の心音が 時を刻んでいる

遂に彼は真理の理解に至る
あまりにも呆気ないその論考は
かつての彼の仮説に酷似して
それを説くべく街に足を運ぶ

人々は言う
「あの老人は何を言っているのだろう?
何を伝えたいのだろう?」

隔てた俗世は追憶の限りを超えることはない 私が変わったのか


過ぎた年は残酷にも彼から言葉を奪った
変わる時は冷静にも彼の言語を統制した

伝える術が無ければ
思考論理など痴呆の戯れだ、
これはまやかしだ!

言わねど分かるなど御都合主義だよ
いくらの怜悧も伝わるはずもなく
だが後ろ指を指され歩く彼を
不思議と彼らは記憶することになる


家路を急ぐ彼の横顔には
探究の余地にはしゃぐ子供の色
雨に濡れた彼の家の屋根には
夥しい数の紙が張り付いて

まるで、象牙の塔のようだ、と。

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