”フレンチクルーラー”

私は、日本に居たときよく、このフレンチクルーラーをミスドで購入してたんです。


10年程前に、はじめてアメリカに来たとき、ダンキン(アメリカのドーナツ屋さん)で、この同じ
ネーミングのフレンチクルーラーを買ったんです。


一口で、まずくて捨てました。他のドーナツも買ってみたけど、全部まずくて捨てたんです。




そして、今。

平気で、ダンキンのドーナツを食べる私。まずいとも思ってませんが、最高だともおもっていません。
駅の目の前にあるせいか、毎朝、ここで、コーヒーとドーナツ一個を買うのが私の日課です。




2年程前、帰国して、このフレンチクルーラーを、頼んだんです。Mr.ドーナッツで。

あ。味が無かった。。。。。

二つのフレンチクルーラー。全く同じものの同じ会社のもの。。。。

そうです。10年の間に、同じフレンチクルーラーの意味が変わったのです。

そう考えると、同じ言葉や、存在も何年かすることで、意味がかわるのではないか?と考えずにはいられません。

同じ会社の同じドーナツがこうやって、私の中で変化します。

人間も同じ。あの時あんなに嫌いだった人が意外と平気だったり、あのときすごく好きだった人が、どうしようもなく感じたり。

今ある自分が、その位置を決めている。もしくは、おかれてる状況が、その位置をきめているのかもしれません。

そう考えると、永遠など、死んでしまわないとわからないのかもしれません。