Cafe BusinessのInnovator(革新者)

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日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は何も悪くありません。日本は自衛戦争をしたのです。

イギリスのチャーチルに頼まれて、対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメぬきました。そして最後通牒としてハルノートを突き付けました。

中国大陸から出て行けだの、石油を輸入させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。白人はよくて日本人は許さなかったのです。ハルノートのことは、私もアメリカの国民も知りませんでした。

あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていまし た。我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を建てました。アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法はその国から 自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。

戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。



東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学など要職にばら撒きました。

その教え子たちが今マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。

徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、戦争に負 けて良かったのだと日本国民を騙しました。これらの政策が功を奏し今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。(※註:1951年の時 点で正気に帰ったマッカーサーが、この今に続く問題を憂いている)

私は反省しています。自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです。戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。最後に私が生きていた時の証言を記して謝罪の言葉としたいと思います。

「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。



日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。

歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。



日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。

もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。

したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」





アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて

1951年5月3日

ダグラス・マッカーサー





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まずは、昭和天皇の大東亜戦争の詔勅より始めよう。


『大東亜戦争終結ノ詔書』原文(昭和20年8月14日)

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス 加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル

而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ

惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム

宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

(御名御璽)



昭和二十年八月十四日

[以下、内閣総理大臣・鈴木貫太郎はじめ、十六名の閣僚、連署]





*読み下し文[原文の難読漢字を開き、ひらがな文に書き替え]

『朕(ちん)、深く世界の大勢と、帝国の現状とにかんがみ、非常の措置をもって、時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なる汝臣民に告ぐ。朕は、帝国政府をして、米英支ソ四国に対し、その共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり。

そもそも帝国臣民の康寧(こうねい)をはかり、万邦共栄の楽を共にするは、皇祖皇宗の遺範にして、朕の挙々おかざるところ。先に米英二国に宣戦せる ゆえんも、また実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき)するに、出でて他国の主権を排し、領土を侵すがごときは、もとより朕が意志にあらず。

しかるに、交戦すでに四歳をけみし、朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有司の励精、朕が一億衆庶の奉公、おのおの最善を尽くせるにかかわらず、戦局、か ならずしも好転せず、世界の大勢、また我に利あらず。しかのみならず、敵は新たに残虐なる爆弾を使用し、しきりに無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶとこ ろ、まことに測るべからざるに至る。

しかもなお交戦を継続せんか。ついにわが民族の滅亡を招来するのみならず、のべて人類の文明をも破却すべし。かくのごとくむは、朕、何をもってか、億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せんや。これ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れるゆえんなり。

朕は帝国とともに、終始、東亜の開放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるをえず。帝国臣民にして、戦陣に死し、職域に殉し、非命に倒れたる 者、及びその遺族に想を致せば、五内ために裂く。かつ戦傷を負い、災禍をこうむり、家業を失いたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(しんねん)するとこ ろなり。

おもうに今後、帝国の受くべき苦難は、もとより尋常にあらず。汝臣民の衷情も、朕よくこれを知る。しかれども、朕は時運のおもむくところ、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す。

朕はここに、国体を護持しえて、忠良なる汝臣民の赤誠に信倚(しんい)し、常に汝臣民と共にあり、もしそれ情の激するところ、みだりに事端をしげく し、あるいは同胞排擠(はいせい)、互いに時局を乱り、ために大道を誤り、信義を世界に失うがごときは、朕もっともこれを戒む。

よろしく挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志操を固くし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運におくれざらんことを期すべし。汝臣民、それよく朕が意を体せよ。』

(御名御璽)





*現代語訳

『余は、深く世界の大勢と、帝国の現状をかえりみて、非常措置をもって事態を収拾しようと欲し、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる。 余は帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。

そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにすることは、天照大御神からはじまる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてき たもので、余はそれをつねづね心がけてきた。先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって、海外に 出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときは、もとより余の志すところではない。

しかるに、交戦状態はすでに四年を過ぎ、余の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、余のすべての官僚役人の精勤と励行、余の一億国民大衆の自己を犠牲にした 活動、それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、戦局はかならずしも好転せず、世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえない。そればかりか、敵国は 新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。

この上、なお交戦を続けるであろうか。ついには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいない。そのよう になったならば、余は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。以上が、余が帝国政府に命じ、ポツダ ム宣言を受諾させるに至った理由である。

余は、帝国とともに終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるをえない。帝国の臣民の中で、戦陣で戦 死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者、およびその遺族に思いを致すとき、余の五臓六腑は、それがために引き裂かれんばかりである。かつ、戦傷 を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失った者たちの健康と生活の保証にいたっては、余の心より深く憂うるところである。

思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではない。汝ら臣民の真情も、余はそれをよく知っている。しかし、ここは時勢のおもむく ところに従い、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出したいと思う。

余はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころを信頼し、常に汝ら臣民とともにある。もし、事態にさからって 激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごと き事態は、余のもっとも戒めるところである。

そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、持てる力のすべてを未来への建設 に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ。汝ら臣民、以上のことを余が意 志として体せよ。』









『宜しく挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを想い、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志 操を固くし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運に遅れざらん事を期すべし。汝臣民、それよく朕が意を体せよ』とある。



ダグラス・マッカーサーは当時の米国大統領トルーマンの命により、GHQ占領下に徹底的に行った施策によって、日本国民の崇高な民族精神(つまり大和魂とも武士道とも称する)を総て徹底的に叩き潰すために、報道機関をも捻じ曲げて日本国民にたいして徹底的に敗戦した民族へ「白人へ、さらには民主主義へ転換するような洗脳」を開始した。⇒これにより、当時のナンバーワン報道機関である「朝日新聞」を徹底的にマークし、検閲、占領軍による、彼らが考える理想的な民主主義による国家再建を目指した。





その結果が、現在、誇大ならびに歪曲された取材と問題視されている、「従軍慰安婦」問題(朝日新聞が論じている「強制連行」「済州島での連行証言」「軍関与示す資料」「挺身隊との混同」「元慰安婦 初の証言」~~~平成26年8月5日朝日新聞朝刊12、13面より始まる)にも表れている。



ある意味、朝日新聞はその当時のGHQ民生部からの指導を曲解した一記者の記述から始まり、新聞社が組織的に承認して世に出た問題の記事である。

その当時はそれをやらざるを得なかった風潮があったかもしれないが、それを書いた記者は、GHQによる洗脳にまみれた思考によって記述したのである。





また、戦後に復活された日本の政党は、ことごとくアメリカのお眼鏡に罹った政党が組織された。



大東亜戦争(アメリカによる指導により「太平洋戦争」と名称変更させられた)戦時下には、議院内閣制をかたくなに守ろうと努力してきた、現在の自由民主党の前身である「自由党」がまともにGHQとの交渉をしたが、アメリカにとっての目の上のたんこぶである、岸信介をはじめとする正当派を「生殖追放」して、とりあえずはGHQの命令を聞きいれる政治家を当時の日本国政治政党として認めるようにしたのである。





それは、アメリカをはじめとする戦勝国が日本の国力や精神を恐れていたことの裏返しである。





一例としてマッカーサー自身が、後の米国上院議員外交軍事合同委員会でも述べているし、占領時に日本の組織力に驚嘆したことにも表れている。

例えば、日本には諜報機関「中野学校」という、英国でいう「MI6」などに匹敵する諜報機関が存在した。後に、小野田寛郎(陸軍中野学校二俣分校卒、呼び陸軍少尉)がフィリピン・ルパング島にて生き抜いて発見されたことにも記憶に残っている方もあるであろう。





天皇の玉音放送の最後の下りに戻る。

『総力を将来の建設に傾け』、『世界の進運に遅れざらん事を期す』という個所。



物質的な建設と、世界のトレンドに遅れるまいとする姿だけ肥大し、精神にかわることを、放り出してしまったのである。『神州日本の不滅』『道義』『志操』『国体』という意識を、取り戻さないと、この先、誰も生き延びられるまい。あくまでも精神性の問題であり、この部分を日本人は思い直して、心へ持つことによって、他国にない崇高な精神性と、経済、政治、国防政策への日本精神を取り戻すカギがあるように思われる。



なにしろ、相手方の欧米やユダヤは、民族・国家意識には凄まじいものを持っている。彼らの民族意識や国家意識に対抗し、つぶされないで伍して行く為に必要なのは、今挙げたような日本独自の民族意識・国家意識の復活なのだ。





それのない日本人は、欧米流のやり方に押しつぶされ、奴隷的な生を送るしかないし、現に日本の政治、経済は西欧や中共の狭間にあって右往左往するような状況に陥っている。真っ当な民族意識と国家意識を、復活させる事は可能な筈だ。民族意識こそ、国家にとって民族にとって、最大最強の武器であるからだ。それ故に、69年前、マッカーサーは、先ず最初に日本の「民族意識」を、新憲法によって無力化したのだ。



彼等が最も恐れたのは、この国の軍事力ではなく、それを支え続けた日本人の民族意識・精神力だった事が、これからも分かる。日本人の精神力を骨無し にし、アメリカに魂を売らせる事が、最大の武装解除を意味したのである。だからこそ、売ってしまった日本魂を取り戻さなければならない。それこそが、昭和 天皇の悲願だったであろうし、天皇が既に原子爆弾を九分九厘まで開発しておきながら、米国への戦いへ仕様が出来る直前まで来ていて開発をやめさせたという聖断はどうなるのであろうか?



単なるナショナリズムを鼓舞するつもりはない。



大切なのは、欧米のやり方だけを模倣するのではなく、良い意味で自国の精神性や文化ををかたくなに大切に受け継ぎ生きている、イスラエル人、北欧民族などのように、日本人は老若男女にわたるまで思い起こし、今後の日本の発展のために心を砕いていくのが、現代人が求められていることではないかと思う。





平成26年8月15日終戦記念日








参考文献:平成26年8月5日朝日新聞朝刊1、12、13面

「日本がにどと立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」高橋史朗著
八神邦建氏ブログ
その他



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わが敬愛する高校の先輩が仰ったことばを書きとめて、皆さんへ公開させて頂きます。

身につまされることが多々あるとは思いますが、非常にまっとうなことばかりです。

自己規律の観点から、ご参考にされてください。



(1)約束したことを守る

 責任をもって約束したことを果たしてゆく。いい加減な約束はしない。安請け合いはしない。

 責任を持つということは、人から信用を頂く一番の元となる。


(2)財の恨みの無いように

 借りたお金は期限の三日前に返す。分相応に生活させて頂く。


(3)人を捨てる事のないように

 あの人は嫌だ、これから一切付き合わない等と心で切り離すことのないように。

 人のことを祈ることにしても、決して諦めたりすることのないように。どこまでも人が助かる

 ことを願わせて頂く。


(4)利益を専らにすることのないように

 損だからしない、得だからする…といった一時的な損得勘定をすてる。

 それは人を目当てにして、天を目当てにしていないという表れ。どこまでも周囲が喜んで

 下さり、助かって下さるために商売やお仕事をさせて頂く。


(5)いい加減なことを言わない

 あの人に聞くと確かな返事が返ってくる、いい加減な返事は決して言われないと評して

 頂ける人間にならせて頂く。


(6)善行を自慢する事の無いように

 私はこんな善いことをしていますと自慢することのないよう。良いことは続けさせて頂き、

 その良いことを決してひけらかすことのないよう、恩に着せず、見返りを求めない。


(7)恨みを蓄える事の無いように


 心が広く大きくなるように。「恨みに報いるに徳を以てす」


以上7項目を意識して日々を歩んで行きたいですねぇ?!^^V




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・金がないから何もできないという人間は、
  金があってもなにも出来ない人間である。
             by小林一三
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宝塚歌劇団や阪急電車などをはじめとする

阪急東宝グループの創業者の小林一三さんの言葉です



なかなかキツい言葉ですが、

真理をついているような気がしますね、。、


世界の億万長者メーカー、ダン・ケネディが言うには、

「現在の億万長者の大部分は、貧乏からスタートしている」

ということです。



お金がない時代に、

“知恵を出し、勇気を出し、行動する”ことによって、今の財を築いています。

あなたの今の財務状況は、関係ありません。

あなたが今、何をするのか?が将来の財産を決めるのです。

あなたは、今、どんな行動をとりますか?


ちなみに、私も独立したての翌月の収入は人に話せない位の、慰めてほしい位の「報酬」でしたw




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皆様へ、素晴らしいご参考になると思い、敬愛する私の心の軍師である勘崎和也先生より転載許可を頂き、転載させて頂きます。


ーーーーー以下内容ーーーー

昨日は、某社長様とのコンサルティングの日でした。


私の個人コンサルティングは、メール講座でも書きました、その方の思考のパターンに気づいて

もらい、価値観と強みを再認識していただき、それらを元に、人の心のメカニズムと

コミュニケーションの取り方など一般的な心理学の知識を学んでもらいながら、

それをご自分の生活に活かす実践をやっていただくことが最終目標です。


クライアントの社長様の強みは、物事の本質や課題が直ぐに見えてしまうことです。


どういう現象が起こっているかといいますと、普通の人は、物事の本質や課題にたどり着く

までには論理展開を平面的に、つまり二次元的に展開していき、本質や課題にたどりつきます。

そうやりながら、本質や課題の近くになってから初めてそれらが何であるかが段々と分かって

くるのです。



ところが、この社長様は、同じく論理展開するのですが、それが垂直に展開されていくので、

物を見る視点がどんどん上方に上がっていきます。ですから、少し論理展開していると上から

全体が見渡せる状況になり、遠くにある本質や課題が段々とそれが何であるか直ぐに分かって

しまうのです。


しかしながら、ご本人は、無意識に垂直方向に論理を展開しているとは思わっておらず、

みんなと同じように平面でそれを展開していると思っているます。

ですから、本質や課題が見えた瞬間にそれを他の人につい話してしまいます。


ところが、他の人は、全然それらが見えていない状態なので、

クライアントの社長様が言っていることは全く理解できません。

周りの人には、クライアントの社長様は変わった事を言う人に見えてしまうのです。


こうした、視点の違い、特にその高さの違いからくる見解の相違はいくら話をしても決して

埋まることはありません。その時点で話し合うことは無駄です。


でも無駄だからと話すことを諦めたり、相手を切り捨てたりするのではなく、

他の人が視点上昇できる手助けをしてあげたり、

平面でも愚直に頑張って本質や課題にたどり着くまで待ってあげるということも大切です。


もちろん、クライアントの社長様は、話すことを諦めるタイプではありません。


それどころか何故分かってくれないのかと、むしろ全身全霊込めて説得される方です。


それにしても、強みは何気に無意識でやっているので、視点が他とは違う状況を作っているとは

この社長様の例の様に自分では中々気がつかないものです。

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【今日のちょこっとポイント】

話せば分かるというのは、その前提が、視点の位置が同じか近しい場合は

当てはまりますが、大きく違う場合は当てはまりません。永遠に分かり合えません。

でも、分かり合えないからと言って話すのを諦めるのではなく、

同じ視点の位置になるように助けてあげるか、同じ物を見れる

状態になるまで待つことも大切です。それが「愛」です。
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皆さんいかがでしょう?心理カウンセラーと比べてかなりハイレベルの洞察、助言ですが、

是非とも皆様の行動へのご参考いただければ、幸甚です。




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一人ひとりはその人が経験し感じ方はみな違い、その受け止め方の深さも違います。

当然学ぶ度合いも違います。

また、同じ失敗(本人が振り返って後悔すること)を繰り返す人もいます。


一人ひとりは、人それぞれその年齢までに、形の違いこそあれ、勉強(座学でも経験でも)

して、社会生活を送っているはずです。



一つ一つの失敗と自身が感じることは、実は反省せねばならないことの単なる「データ」で

あることです。



ともすれば、失敗した瞬間に自身を過度に責めることがある人も多いですが、

大切なことは、ひとつひとつの失敗(データ)を、自分の短所、弱み、事象に酔ったら修正した

方がよい、ということを謙虚に振り返ること。


もっといえば、自分の価値観に照らして、実行してしまった(気をつけて実行したらよかった

と反省することなど)ことを振り返ること。




これは、年齢を積み重ねても変わらない姿勢だと思うんです。


ただ、若者となん十歳も離れた大人がそれを感じる「反省」はことなってきますし、謙虚に

なる度合いは当然違ってきます。



特に、謙虚にならないのは、歳をとればとるほど(社会的にも)求められますが、同時に

正しいことをしっかり述べて、若者にない本来あるべき方法論への主張のリーダーシップを

取ることも求められるのが年長者の持つ能力であり、求められることでもあるでしょう。



ある謂われによると、「40歳代までは反省をして自分の行動を修正をする姿勢はなんとか

取れる。が、50歳代以上になったら、本人の価値観がより固まってしまっている」ので、

若者から見て50歳代以上は修正不可能という意見を聞いたことがあります。


(ある集団で若年層が職位が上の者に対する「愚痴」にも表れる意見としても出てくること

でしょうが)


この謂われにかかわらずに、謙虚に周りの意見から自分の行動を修正していっている大人も

いるのは事実です。


要は、

1.自己の価値観をしっかり認識すること 

2.社会性においては摩擦をできるだけしつつも、自分の意見をしっかりもち、機会を作って

意見をはっきり述べる習慣を持つように努力すること。



この姿勢は、年れ問わず求められていることではないか?と思いませんか。

特に2の方は、もっともっと日本人が群れとして必要なマインドのような気がしますが、

いかがでしょうか?。



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「ロジカル・シンキング」という言葉が日本で流行り出したのは、確か、世界最大のコンサル

ティング・ファームのエディターであった社員2名が日本人向けに書いた書物が最初だったと

記憶しています。



これが出版されたのが2001年ですが、果たして日本人は欧米ビジネス上の共通言語である

「ロジカル・シンキング」をどれだけ身に付けたでしょうか?



そもそも日本人にとっては、ロジカル・シンキング(論理的思考)というのは、馴染むもので

しょうか?



また、どういう場面では使え、どういう場面では使えないという使い分けはできているので

しょうか?


そもそも日本人を含む、アジア人にとっては論理的思考というものは、欧米人に比べて不要な

ことが多い群れで生活していました。


でも、情緒的思考(あえて、私はそうネーミングしてみます)から欧米風の論理的思考へと

本当に加速していったのは、高度成長期に日本製品やサービスを世界へ加速度的に輸出し、

海外進出をエネルギッシュに出ていくという時期であり、せいぜい半世紀ほどの間です。



「国策」を強力に進めるために、論理的思考はやむやむ「道具」となりました。


が、今日本当にそんな短期間で人間の脳を書き替えていくことが出来ると思いますか?



教育機関がそこには横たわっています。


現在の両親がそのロジカルシンキングを実践して、子供への家庭内教育を出来るようになる

には、あと10年はかかると思いますし、普通の日本内での教育では「学校でやる教育」

といういみで、限界があります。



論理的思考の扉として推奨されるコツは、

「なぜそうするのか?」

「なぜそうなっているのか?」

「何をどうしたいのか?」などの、思考プロセスを因数分解して、多方面から思考をプロセス

管理すつということが自然にできるかどうかということでしょう。


まだ、その自問自答を意識的に日常的に行っていない方は、試してみてください。


きっと、自身の思考と、他人への説明が引き締まってくること請け合いですよ^^V


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韓国での言い伝えであることわざだそうです。



解釈はいろいろありますが、「卵を岩に投げても岩に卵がぶつかって、卵はただ割れてしまう

だけ」っという意味だそうです。


日本のことわざではなんというか?皆さんの方がご存知でしょう。



閑話休題



みなさんは、いろんな土地に行って、その土地をどういうものから感じ取りますか?


私は「水」です。

っといっても、単に美味しい水というものだけではありません。


私が数十年前に欧州をバックパックで歩き回ったことがあります。一か月以上を掛けて、自分の

語学が通じるところだけを回っただけですが、、、



そして、どこへいってもその土地の方々が飲んでいる「水」を飲んできました。



私は念のために胃腸薬を持って行っていましたが、なぜか水にあたることもなく帰国すること

が出来ました。



友人たちにその話をしたら、「●●の処の水を飲んだのか?」など、色々なことを言われ

ましたが、これも自分の体が水に対する耐性がしっかりしていたお陰だと、いまになって

そう思います。


今日、「水ビジネス」が流行っています。


確かに美味しい水は有り難いことですし、料理に使われる水は美味しいにこしたことは

ありませんね。


が、最近思うのは水にかかわらず、自然のもの、今あるものを自然に食べたり飲んだりする

こと・・・。



仕事で云えば、標題の様な岩を受け入れること・・・。



そして、さらに思うことは自然を受け入れたうえで、新たなことを作り出すことが必要だ

と思います。



別に気取ったつもりはありませんが、日本人の弱点は「寄らば大樹」というその諺のままを

実践している人が多いということ。


その年長者を見て育った若者が、高度成長期のようなアグレッシブさを無くしつつある

ということ。


日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を謳歌した時代はもう過ぎ去ってい、「日本は技術

大国」という言葉も、世界から見ると犬の遠吠えとなる日が近い気がします。



そのためには、世界へ目を向ける人がもっと増えてほしいこと・・・世界には華僑のような

交渉術を持った者もいるし、さまざまなロジカルな交渉事も増えています。



私を含め、もっと世界との交渉の場数を踏む必要がある気がします。






決して、「寄らば大樹」「以石投石」を消極的な諺ととらえることなく、冷静かつ果敢な言葉

として捕えていきたいものですね?!




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ことしは科学分野では、小保方さんのSTAP細胞の発見とそれとは真逆の実験の信憑性が議論

される騒動で始まりました。



では、信憑性とはそもそも何でしょうか?


科学者にとっては、実験の足跡そして自分の足跡を証明する文書と定義されますし、科学論文

においては大切なトラの子にあたります。



では、それ以外のビジネスの場面ではどうでしょうか?

自分の行動記録、スケジュール超⇒発想のデータの宝庫、つまり自分の真実の行動の記録

とでも言えないでしょうか?




自分が書いたデータは、(刑事事件なら別でしょうが)他人にとっては単なる他人の落書き。



でも、自分の行動の信憑性を証明するには、そのデータを大事にするところから、物事は始ま

ると思いませんか?




「監査論」を学んだものであれば、だれでも知っている事柄があります。


電子的な記録は書き換えが容易であり、不正を見抜き易いが、手書きのデータは見抜きづらい」

ということです。




自分のデータをネットへ記録して、クラウド技術を駆使して自分はしっかり情報管理をして

いると高をくくっている人をよく見かけるようになりました。



でも、それを他人が書き換えてしまったらどうなるでしょうか?



インターネットが大きく発達した時期に、コンピューター技術を学んだ人間の落とし穴は、

データが飛んでしまったり書き換えられるリスクを、小さく見積もりがちであるということ。


しかし、自分の行動記録や発想の落書きは、手書きで書いている時こそ、他人が見て解り

づらいことであればなおさら、その人にとっての財産ではないでしょうか。




アナログは馬鹿にできませんよ・・・




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私が数十年前に、小さな教会で小さなリサイタルの練習の合間に、伴走者の女性パイプオルガ

ニストが、経験などからひとつの話を聞かせてくれました。


「神様は時として酷い試練を人間に与えるものです。今を一所懸命に生きている人に対しても

です。ですから、今を一所懸命に歩むことも大切でありますが、一瞬で取り上げられることも

あることを心しておくことも、心の片隅においているとよいですよ?」っと・・・。


彼女の意図は、私の声がいつまでも使えるとは限らないが、それが取り去られたときのことも

考える覚悟も必要ですよ。っという、直接的なアドバイスにも聞こえました。


それから、数十年がたちました。


いま、ふとした時に彼女の言葉を思い返すと、自分が自分のスキルを広がりを持って開拓して

いる自分がいます。それが私がよくいう「リスク管理」とでも言えるのでしょうが、目の前の

ことに専心している自分と合わせて、次の展開を描いて知識集積と実行の選択肢を意識しな

がら行動し続けることの大切さを考えるにつけ、彼女の言葉を思い出します。


多くのベンチャー事業が5年以内に消え去って行くようです。


理由は様々でしょうが、経営者、その参謀役、また個人投資家は、今やっていることが未来永劫

継続していくということを想定せずに、事業を一所懸命していくことが大切なのではないで

しょうか?(生活にしても一緒です。現に消費税増税、健康保険の負担割合の増額、年金不足

など、数十年前までは国民の殆どの方が、想定していなかったことです。)


人生の覚悟とは、版化し続けること、そして目の前の道は未来永劫続くものではないという

ことを納得して、手を打ち続けることではないでしょうか?