キリスト教 は ヨーロッパ人の人口の中で最も多くが所属するとされている宗教です。
まず 私達 日本人が きちんと認識しておかなくてはならないこと、は
日本人が使う 「神よ」
という意味と キリスト教人が使う 「神」 とは 全然別のものだ、っていうこと。
ウィーンに留学生活をしていた時期は もちろん、 結婚して子供ができて 子供が幼稚園に行くまでというのは
ヨーロッパに住みながらも 私の生活の根底にあるモノは 思い切り 日本! だったと思う。
娘が2006年から幼稚園に通いだしたのをきっかけに、ドイツ人との実生活を通じての交流も増え
なんといっても 幼稚園で行事として行われる Gottesdiesnt に 一親として 参加するようになって初めて
私も キリスト教人と 自分が所属していた世界で使われていた 「神よ」 という言葉のニュアンスが
大きくずれていることを痛感し始めました。
それが 私達の中の キリスト教の「神」を意味しているにもかかわらず~
キリスト教は 一神教です。
キリストを媒体にして 唯一無二の神の祝福と加護を受けて 人は幸せに穏やかに生活を営みます。
そして その 「神」 は 自分と契約 (この場合は先例を受けたものの事を指す) をしたもの以外の人間
にとっては 「神」 ではないという事実を知ったときの 私の驚き!!
そうなんです、 いくら 私達が 「神よ!」 と 神のことを思って言葉にしても
神と契約していない者の言葉を 神は聴いてはいないし 当然 救済を懇願されていようとも 神はその人物を
助ける必要もない、わけです。
日本には まず 古来からの 神道 という考えが根付いていて、 日本には 全てもモノに神が宿る と
考えられていましたし 今も その考え方は強く私達の生活に影響していると思います。
そこへ 538年に中国から 仏教が伝来してきました。
日本の 「神道」 は 天皇=神 を裏付ける 大切なものだったので 仏教が伝来してきても
神道は絶える事はなく 日本に 神道 と仏教 という 2大宗教の並立、という現状が発生しました。
そこへ 武士の時代に入り、 武士道 という思想が広まりました。
悲しい時に ふっと笑みを浮かべるしぐさ や 誰かが頭をぶつけたのに笑ってしまう行動は
武士道の名残です。
キリスト教は ヨーロッパに伝来した時、 その当時のその土地に 古来から伝えられたきた宗教を
壊滅させて 唯一の宗教、 唯一の神 として 新たにその土地に君臨しました。
そのあたりが 日本人の宗教への感覚と ヨーロッパ人の宗教への感覚との 大きな違いの原因
なんじゃないかなぁ~ と 思います。