「里帰り」に思うこと | Kantorinになる!

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教会音楽家がとうとう職業になってしまうのか?
どこへ行く、自分?

ここ3年位前から 里帰りをするたびに思うことは



座っていれば着いちゃうもんもんやね・・・・





ということ。



里帰りを決めるにあたり 一番難しいポイントは チケット購入時。
それをクリアしてしまえば、前に向かって走り出すのみ。



おととしくらいまでは ドイツと日本の生活習慣やメンタル的な部分でのギャップに
里帰りは苦しんでいたけど
去年辺りから 



あたしはあたし!



という結婚してから定まっていなかった自分の中の自分の基準が定まってきて
どちらにいても マイペースでいられるようになってきたかな?







ですから あまりにもこちらでの生活が確立してきたこの頃、故郷のことを 







あの町って 本当に地球上に存在しているんだろうか?





って思うことがある。



慣れてはきたけど あまりにも違う景色や空気、言葉や食、文化。
こちらで暮らしている時間が長くなって 子育てを介しながら日々忙しい生活を送り
こちらでのソレが当たり前になってきている今、



日本の故郷の存在が まるで幻か夢のように思えるときがある



それがもう全て存在していなくて 私の思いの中だけで揺れている希望や
憧れなのではないか?
と思うこともある。



逆に 去年祖母が亡くなって コチラで生活をしていると 祖母がいなくなったことも
あまり実感としてなく、いまでも あの幻の故郷の景色の一つとしてそこにいるような
錯覚に陥る時がある。





本当に あの場所は、 はたまたこの地球という星は存在しているんだろうか?





飛行機に乗り上空にあがり 遠くに丸く空の果てを見るとき





ああ・・・・地球って 本当にあるんだな~





と再確認し、 日本の最寄の空港に着陸すると





ああ~ 座っていると着いちゃうものなんだ~





と 感心し





伊勢湾岸道路から東海環状道路に入り 土岐市を眼下に見下ろせるポイントまで来ると
見えてくる恵那山を真横から目にしたとき ようやく





ああ・・・・・帰ってきた、ここは確かに在るんだ・・・





と納得し安心する。

それでようやく 自分の過去と現在が一致するかのように。

故郷とは 今現在 私にとってそんな場所であります。
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真正面から見た恵那山。私にとっての故郷の象徴。