まとめ | Kantorinになる!

Kantorinになる!

教会音楽家がとうとう職業になってしまうのか?
どこへ行く、自分?

中庸~
これほど私にとって程度がつかめないものはなく、だいたいいつも 力が入りすぎちゃっているか 全く我関せず~ のどちらか・・・・・っていうのが 私なんですけども,
今回ウィーンでレッスンを受けて、ず~っと気がついてはいたのですが、生活に喜びが見出せない、楽しくない、無関心、怒りっぽい、粗野・・・・・な私に 教授は適当な喝を入れてくださって
再びリフレッシュして自宅に帰ってきました。



歌は誰でも唄えます~ でもあなたは芸術家でしょ?芸術家とは その作品の中に自分の人生を刻み込むのです。音程が正しい、声が綺麗、なんていうのはくそくらえ、です。
かのマリア カラスは コロラトゥーラの部分を歌うとき 声は良くなくて音程が悪くても
いつも そのときの自分の生き様を表現していました。
歌 と生活が 別のもの、ではなくて 全く一つの「あなた」なのです。
右足には 右足の時間があります、左足には左足の時間があります。
それぞれが それぞれの時間を知っていて それぞれに機能していますが それが「歩く」
という一つの動作になります。
あなたは 右足を出すときに「右足を出す!!」と自分に命令しますか?
そうではなくて 「歩こう!」とするだけで 自然に交互に足が出てくるでしょう?
それぞれが 自分の時間を持っていて、それが正しく作用するから 一つの正しい動作に
なるだけのことです。
でも その2つの動作を支配しているのは 「あなた」という時間なのです。
「あなた」という時間は 実際の現在の時間に存在いているものです。
あなたはロボットではありません。
人間は生きています、いつも絶え間なく変化し続けています、それが 生きているということです、いつも感じているということです。
歌も 「歩く」という動作と同じで 「やろう!」と命令をする必要はありません。
でも 「唄う!」と考えてしまうことで 体に力が入ってしまって 本来の自然な動作を妨げてしまいます。
自然に、そして自由に、心地よく・・・・・
そうすれば あなただけが持つ本来のあなただけの声、響きが戻ってきて、そして
自然にその中にあなたの人生が刻みこまれていくのです。



ファンタジーなしに、芸術家は存在できません。
音に、生活に 色を感じてみましょう、美しい色を目の前に想像しましょう。
音に気を取られるのではなく、何を語っているのかにもっと注目しましょう。
唄っているのは 「あなた」です。別の誰かではありません。
あなたの実在する時間の中で 書かれている物語を語ってください。
何を書かれているのか、読み込んで、読み込んで 読み込んで、読み込んで・・・・
とうとう理解できたとき、音楽は自然についているのです、
音が何を意味するか・・・・・・ではなく、何が書かれているか理解できれば
それがその楽譜に書かれている正しい音楽になっているのです。


何が正しくないか?何が正しいか、をきちんと把握して 一回一回自分でコントロール
しましょう、間違っているところは 自分自身に直すように命令しましょう。
ただ ひたすらな反復は意味がありません。
U, Uウムラオトは口の中の空間を広げるのに役立ちます。
フランス語、もっときちんと毎日勉強しましょう。
フランス語のOUの発音、深いUが出ますように。



しかし、一番私に必要なことは、この自由な 喜びのあふれる感覚、同僚の幸せに満ちた動作、表情、オーラを忘れないように努めること。
本来の自分が 全く正反対な気質だけに 難問ではあるけれど、12年前にできていたことだ、しかし 12年前とは違う今の私は 今の私なりに 最高の自由と喜びと幸せを
感じながら生きていける。
教授が娘に「将来何になるの?」とたずねたとき 娘は「わからない」と答えたのを受けて
教授が「わからない?!すばらしいわ!!何にだってなれるってことね!」
と答えた。
その 開かれた考え方こそ、義務と化した生活の中で 私が最も忘れてしまっていた
感覚だ。
難しい問題は 私に向かってやってくるけど、もう難しく考えない。

時計が刻むのはこの世界に流れる時間、そのスピード。
私の中に流れている時間を刻むのは 私だけ~ 自分の時間、自分の速度、
一定ではない常に変化するもの~
そして 自分を開く、ということは 外を受け入れる、ということ。
構えずに すべての現象に対応して行けれる柔軟な自分であるということ~
自分を与える、そして外からも受け入れる。



そんな今回のレッスンでの収穫~