夕べは Kindergottesdienstの打ち合わせ会。
先週話し合った内容をさらに具体的に煮詰めていく、というのが昨日の
課題。
先週 お見えにならなかった Frau Freitagが昨日は見えたので
するどいご指摘バシバシの彼女の出現により話の進展はめまぐるしかったでした。
Pastor「Emmausについての話を ミサの中で取り上げよう、と先週はなしをしましたが・・・・」
そんな 話、先週しましたっけ?
すっかり忘れている?聞いてなかった?わかってなかった?
Emmaus~娘の幼稚園の名前が「Emmaus」。
何のことだか知らない私は この名前は「ねずみ、Maus」
のことだと思っていました。
「エムって名前のねずみちゃん♪」
主人に話したら、けして馬鹿にされることなく
「違いますよ。ねずみじゃありません。聖書の中に出てくる 重要な場所です」
はぁ~ ある場所・・・・なんだぁ・・・・
昨日の段階での私のEmmausの知識はその程度。
仕方がない、家に帰って 日本語で Emmausについて調べるしか
しっかりそれを理解する手段はない~
・・・・・ということで調べました。
Emmausは ルーカスの書いた第5福音から第6福音に登場する場所。
イエスの門徒ルーカスとクレオパが 復活した主「イエス」と出会った場所、
が エムマウス、なのだそうです。以下省略
~なるほどね、これでEmmausもクリア~!
Pastor「十字架を『喜び』のオブジェで飾り付けるというのはどうだろう?」
Frau Freitag「でも もともと十字架は「悲しみ」の象徴でしょ?
・・・・・・う~ん、でも オースターの意味を考えると 十字架を『喜び』の
象徴と置き換えるのは悪くないと思うわ」
そうなの?十字架は『悲しみ』なの?
『喜び』で飾られた十字架って・・・・確かに 華やかできれいになるだろうけど、やっぱり そこからの精神の深いところまで直結して
Pastorのいうところの『喜び』は わっかんな~い、んだわん。
いやいや、勉強になるなぁ。
しかし、私の精神の奥深くまで浸透しているのは 日本で培った
「モノ」であることは 変わりなさそう。
これも「三つ子の魂」なのです。
そうなると、うちの子供たちは 主人と日常の外界からドイツ人の精神を、私や日本のお話、毎年の日本滞在から日本人の精神の両方を学ぶことになるんだねぇ~
言語や文化の成立の背景には その国の歩んだ歴史的宗教的背景、が必ず深く関係している。
バイリンガルはバイカルチャー、そしてバイスピリットでもあるんだ!!
そんな夕べの「教え」でありました。