前回のお話はリブログから。




10月になっても、全く白血球は上がらない。



どうしたものかと思いながら日々過ごしていた。



白血球、800。



普通の人じゃ考えられない数値。


でも、歩いている。怠いだけ。





外泊の話しが出てきていた。

もう少し上がるか様子見て上がらなかったら、外泊は延期にしましょう。



家でやりたいことは8月にしてきた。

でも旦那一人の間に、引っ越し準備の負担はかけられないので


少しでも帰ったらやろうと考えていたのだ。




でも、出来そうにないようだ。




完全に諦めた。




が、しかし翌日になり先生が部屋にきた。



連休になりますし、3日だけでもゆっくりしてきてください、何があったら、電話かすぐ戻るように。



カワウソ先生、またご褒美をくれた。



その日の午後に家に帰宅。



帰り道には夫婦で好きなうどんを食べて



大盛りにしたかったが、痩せたせいで食べれず

このころで多分、12キロ以上落ちていたと思う。





帰宅して、サクラに戯れて、最近の話を旦那とゆっくりして。



久しぶりの義母のご飯をうっかり食べすぎ腹痛起きたりもした。



2日間は日中は夫たちは農家の仕事があるので外に出ていた。



それから翌日



夕方になり、急に沸いたような暑さで目が覚めた。昼寝して暑かったからかなと思いながらゆっくり起き上がる。



が、なんかおかしい。



あの時の体調に似ている。




すぐさま夫に連絡した。



病院に帰る日だったけど、ラーメン食べて夜に戻る予定だったが



身体が変だから、ラーメン無しで病院に行く。


帰ってきた夫の顔をみたら、涙が止まらなくなった。




大丈夫、行こうか。




夫も不安そうな顔をしていた。



30分ほどで病院について


日勤だったニーチャンに話して



病室に行った。




しばらくしてカワウソ先生がきて


体調悪かったみたいですので念のためやりましょう。



そう、マルクで確認となった。



いつもどおり痛いはずが、いつも以上に痛くて
涙が止まらなかった。



やっぱりおかしい。



翌日には結果出るとのことで夕方先生が来るのが怖くて怖くて仕方なかった。



ご主人を呼んでいただけますか?



夕方に夫を呼んだ。



そして、別室で説明。




先日、骨髄の検査したのですが、どうやらご病気が目覚め出しているようなんです。



嘘だろ?えっ?あんなにクスリ頑張ってたのに?



旦那も険しい表情をしていた。



やはり、白血球800で止まっていたのはがん細胞のせいだったらしい。


何がダメだったのか、耳のせいか、食べ物か



色々辿ってみたが、よくわからない。



悔しいけれど、なんとなくの予感があったから

涙も出なかった。




ただ、みんなに申し訳ない、もうほんとに死が目の前かもしれない。



再発を受け入れたくなかった。




説明が終わって、看護婦さんが一言




大丈夫ですか?と。


正直そっとしておいてほしい気持ちだった。



部屋に戻って、旦那と先の話をした。




元気って思ってたけど、まさか再発って。



ボソッと旦那が呟いた。




私は暗くもなれなかった。だめだったらダメだし


まだ、移植前でよかったんじゃないかと、前向きになれた。




移植を早めにするみたい。骨髄移植のドナー募集は終わったけど、臍帯血移植ならばすぐ見つかるみたいだと。



先生からの今後の方針を聞いて、移植は1ヶ月後になった。



これ以上体調は崩せない、前処置でのダメージなど、聞いてるのが嫌になる感じだった



それから、お姉さんとの日々で私の移植の不安は少しづつ薄れていった。



ちなみに、再発したときのブラスト


0.5超えていたような話しだった。



あとは、ただ血小板が一生懸命に上がってカバーしていてくれた。


身体の中は忙しかったと思う。




移植前、実は再発していました。

確率も20パーセント以下の成功率を告げられ


夫婦共に絶望との闘いでした。


そして10月末、前処置が6日間始まります。


続く。