大好きな私のおばあちゃんが亡くなりました。
10日前に帰省してた時は元気だったのに・・・一緒にお菓子食べて、一緒に笑いながら話したのに・・・
突然過ぎて、電話の向こうで泣きながら伝えてくれる言葉を受け入れられなかった。
高速飛ばして実家に着いた時には、おばあちゃんは動かなくなって病院から帰って来てました。
でも、まだ首や胸元は温かかった。
ドライアイスのせいもあり、だんだん冷たくなっていくおばあちゃんの体に手を添えて、明け方までずっと泣きながら祖母と過ごした日々を思い出してました。
私の両親は、私が小学校に上がる前に離婚して、私は父と祖母に育てられました。
おばあちゃんのご飯を食べて育ち、学校の行事はいつもおばあちゃんが来てくれてた。
私にとっては、祖母であり母でした。
おばあちゃんは、厳しく優しく育ててくれました。
おばあちゃんに喜んで欲しかったから、小学生の私は学級委員に立候補したりしてたっけ。
若いお母さん達と一緒に授業参観の後、喫茶店行ったわ、なんて言ってたおばあちゃん。
60歳過ぎてもう一度私と弟の子育てしてくれたおばあちゃん。
感謝以外に何もない。
結婚して地元を離れてからは、祖母に会うのが楽しみで、土日にかかってくる公衆電話からの着信が楽しみで・・・
可愛くて、賢くて、ユーモアがあって、優しくて・・・
90歳過ぎても、自分の事よりいつも人の心配ばかりしている人でした。
前日からお腹が痛いと言ってたけど、亡くなる10分前まで、ひぃ孫二人とお話してて、楽しくお喋りして別れ際にハイタッチしてたって。
だから長い間痛い思いしたり苦しんで亡くなってないよって言われた事が救いでした。
苦労いっぱいした祖母に、神様が安らかな最期を用意してくれてたんだと思う。
死亡確認時刻 午後7時13分。
7/13って・・・私の誕生日・・・
育ててくれた事、一緒に過ごした時間、私の宝物。
おばあちゃんに育てられたから、今の私がある。
おばあちゃんじゃなかったら、私はもっと性格悪かったよ、絶対。
今も、もっとこうしてあげたら良かったって後悔ばっかりして泣いてばっかり。
私がこんなんじゃ、おばあちゃんが一番悲しむのにね。
ありがとう。
おばあちゃん・・・これからもずっと大好き。
見守っててね。
前と同じくらい元気になるのに時間はかかるかもしれないけど、おばあちゃんに恥ずかしくないように、しっかり生きます。
