なぜ社会は「もっと頑張れ」と言うのか | なぜか、全部おかしい

なぜか、全部おかしい

SNS、承認、成功、労働、AI。普通に見える社会の中で、なぜか消えない違和感を静かに観測しています。

頑張ろう。

努力しよう。

成長しよう。

挑戦しよう。

私たちは、

そんな言葉を何度も聞いてきた。

学校でも。

会社でも。

SNSでも。

本でも。

動画でも。

どこでも聞く。

本来なら、

良い言葉のはずだった。

前向きだ。

希望もある。

可能性もある。

しかし私は、

ここに一つの違和感を感じている。

なぜ社会は、

これほどまでに

「もっと頑張れ」

と言い続けるのだろう。

ここが重要だ。

私は団地を歩きながら考える。

頑張ること自体は悪くない。

勉強する。

働く。

挑戦する。

成長する。

どれも価値がある。

問題は、

終わりがないことだ。

例えば仕事。

成果を出す。

評価される。

しかし終わらない。

次の目標が現れる。

次の成果が求められる。

次の成長が求められる。

例えばSNS。

発信する。

反応が来る。

しかし終わらない。

もっと伸ばそう。

もっと影響力を持とう。

もっと結果を出そう。

終わらない。

私は長い間、

この違和感を観察していた。

そして気づいた。

社会は、

満足する人より、

動く人を必要としている。

ここが重要だ。

満足した人は止まる。

安心した人は休む。

しかし、

不足感がある人は動く。

学ぶ。

買う。

働く。

挑戦する。

市場から見ると合理的だ。

だから社会は、

もっとを提示する。

もっと稼ごう。

もっと成長しよう。

もっと自由になろう。

もっと理想へ近づこう。

すると現在が不足に見える。

少し不思議だ。

今のままでも十分かもしれない。

しかし、

そう思わせない力がある。

もっと先がある。

もっと上がある。

もっと良い自分がいる。

すると人は走り続ける。

私は最近、

本当に必要なのは、

頑張ることではなく、

立ち止まることかもしれないと思う。

今どこにいるのか。

何を求めているのか。

本当に必要なのか。

その問いを持つことだ。

なぜなら、

頑張ることは簡単だからだ。

社会が勧めてくれる。

周囲も勧めてくれる。

しかし、

十分だと思うことは難しい。

誰も教えてくれないからだ。

私は思う。

頑張ることは素晴らしい。

しかし、

頑張り続けることだけが人生ではない。

安心すること。

満足すること。

休むこと。

それもまた必要だ。

なぜ社会は「もっと頑張れ」と言うのか。

それは私たちを苦しめたいからではない。

社会そのものが、

動き続ける人を必要としているからかもしれない。

そして私たちは今、

努力が美徳になった時代を生きている。

問題は、

あなたの頑張り不足ではない。

問題は、

頑張り続けることが前提になった構造なのかもしれない。


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SNS。

承認。

成功。

労働。

AI。

なぜか全部おかしい。

そんな違和感を感じたことはありませんか。

なぜSNSを見るだけで疲れるのか。

なぜ成功しても満たされないのか。

なぜ真面目な人ほど消耗するのか。

私はその違和感を観測し続けています。

ブログでは書けない観測記録は、

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観測者K

なぜか全部おかしい。

その違和感を静かに観測しています。